「学ぶこと」は、私たちに何をもたらす?これからの時代の「学び」を見据えて
「学び直し」「リスキリング」「リカレント教育」など、社会に出てからも 学び続けることへの意識が高まりつつある昨今。人生100年時代を生きる私たちにとって、「学ぶこと」はどんな意味を持つ のでしょうか?
新聞記者として様々な時事問題を取材したのち、現在はアカデミーヒルズでセミナー企画に携わる清水香帆さんは、「学ぶことは、人生を楽しむことだ」だと言います。
幼少期の体験、また自身のキャリアを通じて「学び」と向き合ってきた清水さんに、その中にあった気づきを伺いました。
個人のモチベーションにフォーカスしたい。新聞記者からアカデミーヒルズへ
「社会において絶対の正解はない」「学ぶ方法は多様で無限にある」ーー。
そう考えるようになったのは、子どもの頃の体験がきっかけでした。幼少期はアメリカで育ち、日本へ戻り、高校生時代はイギリスで過ごしたのですが、 異なる世界で得た体験のすべてが、私にとっての「学び」でした 。それは学校での勉強だけでなく、日々の生活や国々の文化に触れる中にもあり… 。
特に、0歳から小学1 年生までを過ごしたアメリカでは、学ぶことには 「楽しむ」 がセットでした 。授業にも「遊び」の要素が散りばめられていて、楽しかった思い出しかなくって。そんな幼い頃の経験が 「学ぶことの楽しさ」が重要だと認識するきっかけだったのかもしれません。
アカデミーヒルズでの仕事に就く前は、英字新聞の記者をしていました。特に長く携わったのが企業取材です。多くの場合、新聞記事は企業名を主語に しますが、ある時から「企業ではなく、そこで働く個人を主語に考えてみたい」と考えるようになりました。経済部として企業不祥事を取材し、組織の中の個々人と向き合う中で、「個人のモチベーション」に関心が移っていったのかもしれません。
記者の仕事は、刺激的で大好きでした。でも、もっと社会で働く「個人」 にフォーカスを当ててみたい。その時ちょうど、森ビルのアカデミーヒルズ企画職の募集が目に留まったんです。
アカデミーヒルズは、六本木ヒルズ 森タワー49Fに位置する、ビジネスパーソンのための知的活動の場。年間100本程のセミナーやイベントを実施しながら、大学などの高等教育を卒業した社会人が、いつでも学びたいときに学べる環境を提供しています。そんな、まさに個人をエンカレッジするための場所であることに興味を持ち、転職を決めました。
入社してまず驚いたのは、1回あたりの参加費が1 ヶ月の新聞購読料より高額なイベント が満席になること。自分でお金を払い、自分の意思でセミナーに参加し、学ぼうとするビジネスパーソンが数多くいることを実感しました。そして個人の顔や反応が見られるのが新鮮でした。新聞記者が一読者の顔を見るのは難しいですが、ここでは参加者が満足していれば、 その場の高揚した空気でわかる。目の前で、人の表情がキラキラ輝いていく。「学び」が人に与えるパワーに直に触れ、面白みを感じました。
「学び」を通じて、人が変わっていく。その姿を目の当たりにして
担当してきた企画の中に「石倉洋子のグローバル・ゼミ(Global Agenda Seminar/GAS)」があります。アカデミーヒルズの企画は単発のセミナーが多いのですが、石倉先生のGASは数ヵ月~1年間にわたる長期プログラムでした。「世界のイシューを考え、視野を広げる」「英語で議論する」「戦略的に提案する」という3つの柱を据えて、20代からときには60代までの受講生がフラットな関係の中で学び合うものです。
GASの一期生に、航空会社の社員だった方がいらっしゃいます。一受講者だった彼は、このゼミを経て社内で新規プロジェクトを提案して実現し、その後起業されて、今ではアカデミーヒルズのイベントに登壇いただくようになりました。石倉先生の「何でもやってみる。悩んでいる暇があるならとにかく動いてみよう」という言葉に触発され、このゼミには転職や起業をされた方が他にも多くいらっしゃったんで す。
「個人のモチベーション」に興味を持ってアカデミーヒルズにやってきた私にとって、学ぶことを通じて人がエンパワーされ、成長し、変わっていく様を目の当たりにしたこのゼミは、非常に印象的なものでした。
セミナーや企画のテーマを考えるうえで、心がけてきたことが2 つあります。1 つ目は「ここに来ると最先端のテーマに触れられる」、時代の半歩先をいく内容であること。そしてもう1 つが「世の中の大局的な流れ、動きを掴むことができる」ことです。そのために、ただ流行していることに乗っかるのではなく、今起きている流れが日本や世界でどういう意味を持つのか、社会全体の課題解決にどう繋がるのか、ミクロの視点からマクロの視点へ広がる ような内容にしていくことが大切だと考え、取り組んできました。
入社したばかりの2009年、「ビジネスマンは人権問題と無縁か?」というセミナーを開催しました。記者時代に取材したHuman Rights Watchという国際人権NGOの活動を、日本でももっと知ってもらいたいという思いがあったんです。今やビジネスにおける人権問題は、グローバルサプライチェーンの中でも無視できない要素ですが、当時の日本ではビジネスと人権は別の話と考えられていて異色の企画。ですが、たくさんの人が来てくださり、人権の重要性や世界の潮流を発信することができたのではと思います。
学ぶことは路線図を辿るようなもの。一直線にはいきません
学びの方法も、時代と共に変化しています。
2012年に、「オープンエデュケーション」を取り上げたことがあります(※オープンエデュケーション:インターネットを通じ、無料で提供される教材や講義動画からの学び・教育)。昨今、オンラインのセミナーやネットワークは急激に普及しましたが、当時はまだ一般的ではありませんでした。登壇者の飯吉透さんは、「やりたいと思ったらいつでも自分で学ぶことができ、しかも世界中のトップレベルの教育機関がリソースを提供している」とお話されていて。それを聞いたとき、場所や環境の制限に関係なく誰にでも教育の機会が開かれる世界がやってきたんだ、と感動しました。高いお金を払わないと良質な学びを得られない時代は終わった。インターネットを使って、誰もが自分で世界中の叡智にアクセスできる時代が来ていると、ワクワクしたのを覚えています。
一方、オープンエデュケーションが広がり、動画で色々な方のお話を視聴できるようになった今、1人対100人で登壇者の話を一方的に聞くだけのセミナーは相対的に価値を失いました。著名な方による一方通行の講演は、自宅にいながら動画や 音声で 視聴できます。これからのイベントは、そこに自分自身がいるからこそ生まれる対話や主体的な体験が必要になると考えています。例えば、たまたま隣に座った人と会話してみる、登壇者と参加者が同じ目線に立って対話を深める。
2019年にスタートした「みんなで語ろうフライデーナイト」では、そんなコミュニケーションやアウトプットを試みたものです。スピーカー1名が良質なインプットを投げかけ、そこで得た知見や考えをもとに参加者15名が自分の体験をもとに議論するという野心的なプログラムで、他の人の気づきを聞いて「そういった視点があったのか!」と膝を打つことも。自分一人では得られない発見の連鎖を生み出すことができ、凝り固まっていたバイアスに気づいて頭が解きほぐされるような、新しい学びの場となりました。
「学ぶことは、電車の路線図のようなもの。さまざまな目的地とそこに向かう路線があり、一番早く目的地に到着することだけが最良ではない。道程で得る気づきや生まれた興味から、電車を乗り換え、時には元来た道を戻りながら、自分なりの行き方を見つけ進んでいく」
「オープンエデュケーション」のイベントにご登壇いただいた飯吉さんが仰っていたこの言葉 に、私は大きくインスパイアされています。
人生のその時々の出会いやエポックメイキングな体験を通して、人は何歳になっても気づきを得て、学び、変わっていくことができるもの 。そう信じ、そのきっかけをほんの少しでもこの場所で提供できたらと考えて、これまで講座を企画してきました。
学ぶことは、 自分の可能性を広げてくれる 。人間には「自由」を求めてきた歴史があります。色々な選択肢から自らが自由に選びたい。それは人間が根源的に持つ欲求ではないでしょうか。学ぶことは、自身を高め選択肢を増やす。その先にはさらなる選択肢が広がり、自らの新しい可能性を開いてくれます。学ぶことは未来への希望、生きる欲求となるのです。
そしてもう1つ、人間は「学ぶこと」自体を楽しめる生き物です。学びは人生を豊かにし、幸福度を高めてくれる。目的を定めず、純粋に学びを楽しみ知的好奇心を満たすことは、心も人生も豊かにしてくれる。幼少期にアメリカで体験した、「学ぶ」とは「純粋に楽しいこと」だという感覚が、今も私の中に息づいているのかもしれません。
多様な視点を得るために。これからの学びの場のあり方とは
同じ場所や慣れた環境に留まり、似たような人たちの集まりの中にいると居心地がいい。でも、そのままでいると、いつの間にか視野が狭くなっていってしまう。 私自身、最近そんな状態に陥っているなと危機感を感じることがあります。視野を広げる ためには、多様な視点を自ら積極的に取りに行く姿勢を持ち続けることが大切だと思います。
「だれもが共存できる社会のつくり方」を話し合う時、そこに絶対の正解などありません。違う考え、背景、意見を持つ人々がいて、自分の正義を振りかざして誰かを押さえつけるのではなく、自分の意思を守りながら、どうしたらみんなにとっても一番いいのかを考えていく。最近イベントでご一緒したデンマーク在住で文化翻訳家のニールセン北村朋子さんは、「最上の妥協点」「お互いにとってのセカンドベスト」という言葉で表現されていました 。
自分のためだけでなく、多様な人と社会で共存していくために学びを得る。そのような民主主義的な姿勢を取るためには自分を知ることも必要です。ここで、アカデミーヒルズが大切にしてきた「自律的に自立する個人の学び」というキーワードが、再び立ち上がるのです。
最近は、これからの未来を担う子どもや若年層の学びにも興味があります。私自身、小学生の息子を育てながら、彼の中から溢れ出てくる新たな発想や 自分にはない視点に驚かされ、日々学びの連続です。一方で、子どもは物事を素直に捉える分、学校の先生から言われた1 つの正解に固執してしまうこともあり、「絶対の正解はないということを、どうやって伝えたらいいんだろう」と悩むこともあります。
そんな実体験を通して、例えば子ども自身が疑問にぶつかった時、「なんでだろう?」と自由に投げかけることができる、一方通行でない学びの場が、教育の現場でも広がっていくといいなと思っていて。自分の気持ちを怖がらずにぶつけ合える、ワクワクしながら学ぶ場があれば、視野を広げ、多様な視点を得ていけるのかもしれません。
現在は、新施設の企画にも関わっていて、そこでは「若い方が、自分がどういう人間で、社会で自分らしく活動するにはどういう方法があるのか探究して、やりたいことが見つかったらアウトプットまでできるような場をつくれたらいいね」という話をしています。ゆくゆくは、大人と子どもが混ざり合い、いろいろな視点を共有できる プログラムもできたらいいですね。
清水さんの「未来を創る必須アイテム」