ある不動産鑑定士の20年。僕らは、人生に直結する仕事をしている
有資格者は全国にわずか8,000人とされる、「不動産鑑定士」。不動産の適正な価格を鑑定し、評価する国家資格です。
2023年7月に竣工した、虎ノ門ヒルズ ステーションタワーの開発を担当してきた水野亮さんは、入社後20年の間、さまざまな形で不動産の「価値」に触れてきました。
普段はあまり意識しない、でも生活と切り離すことは難しい、「不動産」という存在。水野さんは、それは『幸せの基盤』なんだといいます。
不動産に「掘り出し物」はない。不動産取引漬けの6年間
2004年に入社して20年。最初に所属したのは、再開発用地を売買する用地企画部でした。当時、新入社員の間でも特にハードだと噂されていた部署。それまで土地の値段なんて考えたこともありませんでしたが、入社時の面談で誓った「何でもやります」という言葉を思い出し、文字通り体当たりで不動産業界に飛び込みました。
当時はちょうど、外資系の投資家が新たに不動産市場に参入してきたこともあり、市況が盛り上がりつつあった時代。何億、何十億、場合によっては何千億という価格の不動産が取引されていました。僕自身も毎日のように取引に追われ、数えきれないほどの数の売買や入札案件を経験しましたが、その中には当時新たに不動産市場に参入してきた外資系の投資家との取引や入札案件もありました。
彼らの不動産評価は、日本の取引で馴染んできた投資指標とは異なる、複雑な指標を用いていました。僕自身、かなり多くの不動産取引に立ち会っていましたが、IRR(内部利益率)、DCF(割引キャッシュ・フロー)、NPV(正味現在価値)、など、今では普通に使われるものの、当時は使ったことがない指標や考え方が飛び交っていました。何とか理解して食らいついていったものの、腹落ちしない感覚も残り…。このことが逆に着火剤となり、これはぜひ腰を据えて不動産の評価について学んでみたいと、不動産鑑定士の資格に興味を持ちました。
実際に「土地の価格はどのように決まるのか?」と疑問に思う方は多いと思います。「不動産屋が相談して相場を決めているのでは?」と思われるのかもしれません。過去にはバブル期のように、将来土地が値上がりする見込みがあって感覚的に価格が決まった時代もあったのかもしれませんが、今はそんなことはありません。土地の価格が決まるには実際には様々な指標があり、「近くで実際に取引された事例」と比較したり、「その土地に建物を建てた場合の収益性」を想定したりすることで決まります。自分のおうちが今どのくらいの価値になるのか、金額を知りたいですよね?でもそれは、簡単な計算では出てこないのです。
たとえば家の販売価格も、近くに同じような条件の取引があれば、それを参考にしながら、さらに「道路付けがいいから+1%」「角地だから+2%」と足し引きしていきます。また同じ土地であっても、建てられる建物が居住用マンションなのかオフィスビルなのかによって得られる収益も変わるため、使う計算式も変わります。そうやって積み上げていくと、価格はある程度の幅に収斂されていくので、結果的に不動産に「掘り出し物」はないと言われているんです。
「評価に並ぶ数字の背景を、語れるようになれよ」
その後、オフィス営業を行う部署に異動し、実際にお客様に貸し出すオフィスの値付けを目にするようになりました。そこで学びとなったのは、机上の計算はリアルな数字なのか、という視点です。不動産取引でオフィスビルの価格を算定する際、基本的に満室稼働する想定で収益を計算します。でも実際、休みなく貸すというのはそんなに簡単なことではありません。
また、テナントになる「お客様」に実際に向き合えたことも勉強になりました。用地企画で向き合っていたのは「物件」でしたが、その先で誰がどんな活動をするのか、イメージするようになった。両方に向き合えたことで、不動産、つまり街の価値を生き生きと感じるようになった頃、不動産鑑定士試験に合格しました。
実際に不動産鑑定士の資格を得るためには、一次に短答式、二次に論文、と2つの試験合格後に、実務修習を修了する必要があります。そこで、不動産鑑定を専門とする会社へ1年間出向させてもらうことになりました。工場やゴルフ場、リゾート地のホテルと対象は様々。ある企業から「この工場を売ってマンションを建てたらいくらになる?」と鑑定依頼を受けたりと、幅広い不動産の評価に関わることで視野が一気に広がるのを感じました。
不動産鑑定の思考の流れは、「どういう人が買うのか、そして買う人は不動産の何を重視するのか」を分類するところから始まります。例えばマンション一室であれば周辺の取引事例を意識する人が多いので、それを重点的に調べながら、購入者に成り代わって、指標の重みづけを設定していく。
教えられたのは、「電卓を叩くだけじゃなく、直接現地に行って街を歩けよ」ということでした。例えば、そのエリアの雰囲気を把握するために飲み屋に行ってその土地のモノの相場を把握したり、ゴルフ場の評価では自らそこでプレーしたり。実際にその不動産を見て、数字の背景を依頼者に語れるようになれよ、と。そんなこともあって、実際にゴルフも始めました。
不動産とは、人の生に密接に関わるもの
こうして、不動産の売買、オフィスの営業、不動産鑑定会社への出向と、様々な角度から不動産に関わったのち、2014年から開発事業部に所属となりました。以降10年間、権利者と一緒になって街づくりを行い、不動産の新しい価値を生み出していくという、不動産との新たな関わり方に踏み込んできました。
森ビルの再開発は、長い時間がかかったとしても権利者お一人お一人の合意を得ていきます。それはつまり権利者の方々と共に10年、20年という長期スパンで歩んでいくことでもあり、それぞれの方の人生に関わっていくことでもあります。ご家族との関係、慣れ親しんだ街に対する想い、相続の問題、事業をどのように継いでいくか、金銭面の不安をどのように解消するか…感情的な側面も現実的な側面もそこにはあります。
そういったさまざまな背景を受け止め、1つ1つの判断がその方の人生に大きな影響を及ぼすことを自覚しながら、どんな街にしていくか議論を重ねていかなければならない。きれい事やごまかしは通用しません。再開発部門として実際にお一人お一人と向き合う中で、「不動産とは人の生に密接に関わるものなのだ」と、それまで以上に“血の通ったもの”として不動産を捉えるようになりました。
僕らは「幸せの基盤」をつくっている
2023年7月、長年担当してきた虎ノ門ヒルズ ステーションタワーがついに完成し、権利者をはじめとする関係者の方々と喜びを分かちあいました。権利者の方一人ひとりに向けて模索してきた、新しい街での暮らしや営み。迷いながら悩みながらの道のりでしたが、みなさんが喜ばれている顔を見て心底ほっとしました。
僕らが扱う不動産は、個人であれば人生設計、法人の場合は企業活動の土台となるものです。その在り方が豊かであるほど、その舞台に立つ誰かの幸せに直結していきます。つまり不動産とは、「幸せの基盤」だと思うんです。それらを担っているという実感と責任感を持ち、街全体の価値を高めていく。そんなデベロッパーの仕事に、大きなやりがいを感じています。
多くの権利者にとって、再開発に関わることは初めての経験になります。不安にも感じられるでしょう。そんなときに、「水野が言うなら安心だ」と信頼してもらえる人になりたい。
余談ですが、実は社内でも、方々から自宅購入の相談が舞い込みます。どうやら「家を買うなら水野に聞いてからにしろ」というフレーズが出回っているようで…。
不動産の売買というのは、人生にそう多くあることではありませんし、多分にプライベートなことでもあります。沢山考えたうえで、背中を押してほしいこともあると思います。そんなとき、「こいつには話せるかも」と打ち明けられる存在であること。「不動産にも詳しいし、経験もありそうだし、話聞いてくれそうだし」。不動産鑑定士の資格を持つものとして、そんな三拍子揃った存在でありたいなと思います。