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名だたる日本の大企業と「次の時代をつくる」。世界初のインキュベーションセンターの挑戦

大企業がイノベーションを生むことで、日本を元気にするーー。世界で初めてのコンセプトを掲げ誕生した、インキュベーションセンター「ARCH」。飛松健太郎さんは、この施設を世に送り出すべく、陰に日向に奔走してきた。取材中に何度も繰り返したのは「時代のムーブメントをつくりたい」という言葉。一人のビジネスパーソンが抱く、その大きな夢の行方とは。


"見たことない"が詰まった街

10代から「営業」の世界に身を置いていました。訪問で教材を売るアルバイト。新卒で入ったハウスメーカー。限られた時間で相手の心を動かし、価値を提供していく。純粋に営業という仕事が好きでした。

ハウスメーカーを選んだのは、高額かつ見えない価値まで伝える必要がある分、営業力が求められるからです。普通なら10年かかる店長のポストに、入社3年で手が届きました。でも漠然と、もっと大きなモチベーションを渇望していた。それは人によってはお客さんの笑顔だったり、自分が携わったモノが残る喜びだったりする訳ですが、どこかで満足しきれない思いを抱えていました。

そんな頃、開業したばかりの六本木ヒルズを視察する機会がありました。その体験が衝撃的だった。"見たことない"が詰まった街だと思いました。

ビシっとスーツを着た外国人と、ビーチサンダル姿のワーカーが行き交っている。セレブと普通にすれ違い、商業エリアのブランドは初めて見る名前ばかり。一番高く貸せるはずの最上階が美術館? 住宅も知ってる間取りと全然違う。ベッドルームの隣に洗面スペース? そもそもバスルームや洗面スペースってなんで2つあるんだっけ??

「ヒルズ族」という言葉も生まれ、テレビには連日彼らの姿が映し出されていました。自分と年の変わらない人達が、時代を塗り替えていく。華やかな暮らしぶりにスポットを当てられるヒルズ族ですが、彼らはリスクをとって挑戦し、新たな価値観を生み、時代を切り拓いていました。

「新しい時代が生まれる」。そんなエネルギーを街から感じる。

営業マンとして「街を売る」のは面白いかもしれない、と思いました。次の時代を担うような企業をヒルズに迎えて、企業が成長していくお手伝いをする。そんな「時代をつくる」現象の一端を担うことができたら、これ以上のモチベーションはありません。

そして、縁あって、オフィスの営業マンとして森ビルに入社しました。

次のヒルズ族をつくるぞ、時代をつくるぞ、と大きな野望を抱いていました。でも理想論だけでは上手くいかず、最初の一年は全然ダメでした。年間で一社も決まらなかったんじゃないかな。

大きなムーブメントも、一人の思いから

転機になったのは、あるスタートアップとの出会いでした。まだ"知る人ぞ知る"小さな企業だった「グリー」が六本木ヒルズに入居し、見る間に急成長していったんです。

ある日電車で、目の前の乗客がグリーが開発したゲームで遊んでいる風景に居合わせたことがありました。たった1社のリーシングに関わっただけなのに、世の中が変わる瞬間に立ち合えたような気がした。

これをきっかけに、スタートアップの誘致にのめり込んでいきました。当時、スタートアップの勢力図がプロットされたWEBサイトがありました。その画面に、自分が誘致したテナントの名前が次々と並んでいく。スタートアップ史の一翼を担えているような充実感と共に、この街で起きるうねりが社会に広がっていく、ダイナミックな面白さを感じていました。

その過程で、たくさんの起業家やベンチャーキャピタリスト(以下、VC)と出会いました。そして互いの「ビジョン」を語り合った。

彼らは、自社の経営や投資先のことだけでなく「日本をよくしたい」「次の時代をつくりたい」という、大きなビジョンを持っています。一方森ビルも、ただ事業としてビルをつくるのではなく「時代が求める街をつくりたい」「東京、日本を元気にしたい」という思いがある。

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アメリカのスタートアップの"聖地"がシリコンバレーであることはよく知られていますが、VCの象徴「サンド・ヒル・ロード」のことを話していた方がいました。インキュベイトファンドの赤浦さんです。5マイル(約8km)ほどのその道沿いには世界のVCの1/2が集まり、明日の世界を変えるようなアイディアが飛び交っている。その集積がVC投資を牽引している。日本にもそんな場所が必要だ、と。

その次に続いた言葉は「だから飛松さんつくってよ」でした。営業にこだわってきた自分が、直接"場をつくる"ことは想像していなかった。ですが、ずっと同じ視座で未来を語り合ってきた相手だから、赤浦さんの志がよく分かった。

「次の時代をつくりたい」。誕生したばかりの六本木ヒルズに初めて訪れた時からずっと思っていたことですが、どんな大きなムーブメントも、一人の思いから始まるものですよね。「自分が信じた、そして自分を信じてくれた、この人の力になりたい」という思いも強かったように思います。そうして、アークヒルズに「カレイドワークス」というVCの拠点をつくりました。

「都市づくりを通じて豊かさを届けたい」。それが森ビルの思いですが、自分たちだけで達成できることはないと思っています。街づくりには「人」が欠かせない。街の主人公は、集まってくれたワーカーであり、パートナーであり、訪れる「人」な訳です。

ビジョンを共有し、共感し、同士となってエリア全体を盛り上げていく。「街にはこんな機能が必要じゃないか」「いっしょにこんなことをしよう」。赤浦さんの他にも、たくさんの人が街に関わり、共に育ててくれました。それが本当にありがたかった。

名だたる日本の大企業と

WiLの伊佐山さんとの出会いも、その一つでした。伊佐山さんは、大企業が中心にビジネスが動く日本だからこそ「大企業をアクティベートさせる(=活性化させる)ことが、日本を元気にする」というビジョンをお持ちでした。

当時森ビルでは、虎ノ門ヒルズのプロジェクトが進んでいました。虎ノ門は、東京や品川など大企業が多く存在するエリアと、渋谷や六本木などスタートアップが集まる場所の中間にある。さらに、官公庁が集まる霞ヶ関とも隣接している。この特性を生かし、日本のビジネスシーンを牽引するような街をつくれないだろうか。

そんなビジョンが重なって誕生したのが、大企業の新規事業部門に特化したARCHです。

大企業のオープンイノベーションは、多くの企業が長らく取り組んでいるものの、日の目を見ない事例が多い状況にありました。新規事業を起こそうとしたとき、スタートアップと大企業ではぶつかる壁も難しさも違う。そこにフォーカスして、徹底的にサポートする仕組みをつくろうと考えました。

余談ですが、「大企業にスポットを当てた施設をつくる」ことに対して、社内で一番懐疑的だったのは僕自身だった気がしています。

財閥でない森ビルの歴史は、西新橋の小さなビルから始まっています。大手のような営業のネットワークや資本基盤を持っていなかったからこそ、どんどん新しいことにチャレンジしてきた。外資金融企業やスタートアップが集まってくれた。外資系企業の厳しいセキュリティ基準や求めるライフスタイルに応えるビルをつくり、夜明け前のスタートアップと「共に次の時代をつくりましょう」と互いのビジョンを共有しながら成長してきました。

「名だたる日本の大企業」は、自社の得意とするリーシング先ではないんです。そんな自分たちが、大企業に特化した3,800㎡もの施設をつくって大丈夫だろうか。

でも、伊佐山さんと僕の思いを社内に話したら、ほとんど反対されなかった。「なぜダメか」ではなく、「実現するにはどうしたらいいか」という会話がいろんなところで起きていった。

元々「都市開発」に興味があった訳でなく、「営業が好き」で入社した僕がこの会社に留まり続けているのは、こういうことなんだと思います。森ビルにいることが一番、「お客さんやパートナーの思いを実現できる」から。

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次の時代をつくる

今の目標は、「ARCHから、世の中を変えるようなサービスが生まれる」ことです。豊富なリソースやネットワークをもつ大企業だからこそ、新たな価値を創出できたとき、世の中に与えるインパクトは大きい。

ARCHに参画することを選んでくれた会員企業のみなさんが、時代の風雲児として世の中から憧れる存在になってほしい。

六本木ヒルズのリーシングをしていた時、入居した企業がどんどん成長し、みんなの憧れとなり羽ばたいていく姿を見るのが嬉しかった。あの光景を、今度はARCHで生んでいきたい。今は日々試行錯誤しています。

ARCHは、大企業の「出島」のような位置づけと捉えています。自社の中に留まっていては新しい発想や出会いは生まれにくい。イノベーションを意味する新結合とは異質なものの組み合わせですが、全く異なる業種が出会うことで、アイディアが生まれる環境をつくりたかった。

新規事業部門には優秀なメンバーがアサインされることが多いですが、基礎知識が全くないままに携わることになるケースも少なくありません。結果、領域やテーマ設定だけで1~2年かかってしまうと言われている。

基本的な話に聞こえますが、これも大企業ならではの壁の一つです。ARCHではこれを解消すべく、トレーニングプログラムを充実させるほか、困ったときにすぐに誰かに相談できるメンタリング機能、会員同士が知識やアイディアを交換しやすい雰囲気づくりにも注力しています。

ダイエットや肉体改造をするとき、フィットネスジムに通い、パーソナルトレーナーをつけることはいまや当たり前のカルチャーですよね。大企業発のイノベーションも、ARCHのような機能をうまく活用してもらうことで、実現可能性やスピードを上げていくスタイルが定着してほしいと思っています。

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2020年に開業したので、オープン当初から、そして今もこのコロナ禍の影響を受けながら運営しています。当初はイノベーションが生まれる「場づくり」を意識していたので、想定が根底から覆るケースもあり、正直に言えば簡単ではありませんでした。

一方で歴史を振り返ると、逆境は時代の変わり目でもありますよね。世の中のニーズがシャープになり、そこから新しいサービスが生まれてきた。金融危機後のFinTechもそうです。

世界中がしんどい時期ではありますが、この時間に何をしたかによって、差が出るのだろうなと思います。ARCHは、ディフェンシブでなくオフェンシブでいたい。どんどん機会提供して、アシストして、進化を促せる存在でありたい。

結果、この時期にARCHにいたからこんなことができた、こんなサービスが生まれたと、来年、再来年言ってもらえるようにしなければと思っています。

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信じた人に頼まれたら「絶対何とかする」と思って仕事をしてきました。その結果たくさんの人と繋がり、活動の拠点となるような場所もつくることができた。今の僕にとって、その「人」とはARCHの会員のみなさんです。

普通、会社にいけばそこにいるのは自社の人だけですが、ARCHというコミュニティには、いろいろな会社の人がそれぞれの想いをもって集まっています。その一員になった以上、ある意味では家族のように支え合って助け合って進化していく環境をつくりたい。

ここに集まってくれたみなさんと、次の時代をつくっていきたいと思います。

飛松健太郎|Kentaro Tobimatsu
2008年森ビル入社。六本木ヒルズ、虎ノ門ヒルズ等のオフィスリーシングを経て、イノベーションを生む施設づくりの為の新規部門を立ち上げ。「カレイドワークス」「Ignition Lab MIRAI」「TechShop Tokyo」「CIC Tokyo」等のプロジェクトを推進。2020年より、インキュベーションセンター「ARCH」企画運営室 室長。名づけにあたっては、卵をかえす「孵化する」を意味する「インキュベーション」を入れることにこだわった。

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