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「面白い!」と思うことに素直になる。誰もが「突出する自由」を持つ社会へ

足元には下駄、左手にはモデルガン。社内でも「ずば抜けた自由人」として有名な矢部俊男さん。彼の行動力と発想力の源は、いったいどこにあるのだろうか。

現在、東京と長野県茅野市の二拠点生活を送る矢部さんは、地方都市特有の課題の解決にも挑戦する。誰を幸福にするために私たちは働くのか。そのとき私たち自身は幸せなんだろうか。

最新技術、豊かな自然の風景、そして偶発的な人の縁。「面白い!」と思った方向に皆が進んでいくことが新しい社会への第一歩だと、矢部さんは語ります。

「アーク都市塾」でのデジタルツインの先駆的実験

森ビルに来るまでは、道路会社や建築のコンサルティング会社で働いていました。土木や建築、そして当時はまだ黎明期にあったインターネットが好きで、1995年頃から森ビルが開催していた「アーク都市塾」に通うようになった。

「アーク都市塾」では、都市をどう「魅せるか」ということを学んだ。アートの展覧会をキュレーションするのとは違うし、ただ言葉で語るだけでも伝わらない。多くの人を「魅せる」ためには、一見で全てを伝えるメディアが必要だと思いました。

そこで使えると思ったのがインターネットをはじめとするデジタル技術です。1995年頃といえば、まだ誰もインターネットのことをよくわかっていない時代。そんな時代に森稔社長(当時)が中心に推進した「Cyber66」は、六本木ヒルズの再開発をインターネット上の仮想都市空間を使ってプレゼンテーションする実験です。僕も自分で秋葉原に駆け込んで電子部品を調達して、CCDカメラで映した模型をインターネットで見れるようなシステムを作ったりしていました。

「都市を魅せる」ことが楽しくて夢中になっていたら、稔社長に誘われ、気付けば森ビル社員になっていました。あまり後先考えずに、面白いと思う方に進んだ結果ですね。

東京を魅せる都市模型と映像

入社してからもしばらく「都市を魅せる」ことにハマり続け、六本木ヒルズの開業に向けて2つの仕事をしました。

1つは、1/1000の都市模型の制作。稔社長から「リアルな都市模型を作ってほしい」という相談が来たんです。よくよく伺うと、港区全部の模型だと仰ったので仰天しましたよ。大きな都市模型の建物ひとつひとつに色を塗ったら、ものすごい時間と費用がかかります。

どうしたら実現できるのかしばらく考えていたら、写真を使うというアイデアを思いつきました。街に出歩いてビルをフィルムカメラで撮影して、ネガを焼いたものをスキャンしてパソコンに取り込み、Photoshopで加工して、白模型にその画像を貼りつける...なんとかなるかも。

実際に出来上がった模型を俯瞰してみると、人の目線では気づけないことがたくさんあって面白かったです。たしかに森ビルの都市ビジョンを伝えることができるツールになった。一方で、稔社長の指示とは言え、模型なんて何に使うんだという社内の声があったのも事実です。それでも、この模型は確かに有益で、僕自身が面白いと確信もしていたので、やりきりました。

もう1つは、六本木ヒルズの開業プロモーションビデオの制作。「東京スキャナー」というタイトルで、ヘリコプターから東京全土の名所や交通網をひたすらスキャンしていく映像です。

押井守さんに監修してもらったこの約20分の映像には、ビルや自然などの東京の複雑な都市の構成や、渋谷や浅草などの各街に固有の文化が、1つにまとまっています。一方で、肝心の六本木ヒルズは最後の3分程度しか登場しない。

開業プロモーションの映像と考えると、六本木ヒルズをたくさん出した方が良いに決まっていますよね。案の定、社内からは猛反発。でも、面白いと思ったから作りきってしまった。六本木ヒルズは東京の新しい目的地であり、単なる複合施設ではない。その視座の高さを魅せるためには、東京全土をスキャンするというミッションの到着地点が六本木ヒルズ、というストーリーが合うと考えたんです。

振り返ればとても自由にやらせてもらったなと思いますが、好奇心のままに制作してきたからこそ、いろんな人に価値がある・面白いと思ってもらえるものが出来たのではないかとも感じます。

長野県茅野市の新しい働き方を形づくる「ワークラボ八ヶ岳」

プライベートな話題ではあるのですが、先述の六本木ヒルズの仕事に携わる少し前に、長野県の茅野市に別荘を作りました。インターネットが発展すれば、仕事の一部はどこでもできるようになるかもしれない。はじめは休日に家族と過ごす場所として活用していましたが、テレワークを実験的にやってみたりもしていました。

茅野市は、八ヶ岳や蓼科のリゾート地など、豊かな自然の風景を持つ素晴らしい場所ですが、同時に地方都市ならではの課題もたくさんありました。

僕が最初に感じたのは、都心に比べて、様々な人が互いに重なり合いながら働ける場所がないこと。そこで、2018年の3月には「ワークラボ八ヶ岳」というコワーキングオフィスを、茅野市駅直結ビルの2階につくりました。学生・企業・地域住民・別荘利用者など市内外の様々な人々が、豊かなワークライフの実現を目指し、様々な取組を試すことができる場所を目指しました。

地元の諏訪東京理科大学の学生に使いやすいプランを提供したり、スワニーさんという設計会社にご入居頂き、他の会員向けに3Dプリンタ等を貸し出して頂く仕組みを作ったり、アイデアを持つ会員が地域の人や起業家に取り組みをアピールできるピッチイベントを実施したり。

「ワークラボ八ヶ岳」で様々な人が交わり、新しい価値を生み出していく様子を見ていると、茅野市の可能性を感じました。そして、この街で僕にできることはまだあるとも。

ヒルズの実証実験を再展開、乗合オンデマンドタクシー「のらざあ」

次に感じた課題は、公共交通が充実していないこと。路線バスは1日に2,3本しか通っていない路線もあり、供給が少ないが故に需要も細っていました。

ちょうどそのころ森ビルでは、ヒルズを舞台に「オンデマンド型シャトルサービス(HillsVia)」の実証実験を行っていました。東京での有用性や街の付加価値向上がある程度実証されていたので、これを茅野市でも試してみるべきではないかと思いました。

どこからでも呼び出せ、どこへでも行ける。オンデマンドタクシーという形は、茅野市の課題を解決できると確信していました。地元の公共交通会社であるアルピコ交通さんや茅野市の方々と議論を重ね「のらざあ」という実証実験が始まりました。

利用者も使われるシーンも東京とは全く異なっていましたが、市街地を回遊するだけでなく、別荘地へのアクセス手段にもなる可能性も示されました。高齢の方がバス停まで歩く必要もなくなり、子どもの送迎にも活用できるかもしれない。今後は実証実験のフェーズを終え、導入に向けて本格的な議論がされる予定です。

アプリケーションが移動の課題を解決できること自体も当然面白いのですが、「のらざあ」が導入されたことによって、自由に移動できる茅野市の住民の方が増えた。どこからでも呼び出せ、どこへでも行けるライフスタイルを作ることに貢献できたということに、どこか幸福感も覚えました。

新しい都市防災の羅針盤「土地建物格付けシステム」

直近で茅野市で取り組んでいる事業には、IoT ネットワーク技術を活用した「土地建物格付けシステム」があります。1981年に新耐震基準が施行されてから約40年が経ち、この基準を満たす建物のなかでも、建て替えまたは継続利用の判断が必要になる建物があります。一方で、建物の老朽化スピードや地盤の条件は一定ではないので、いかに建物の安全性を正しく評価できるかが今後課題となる。

その課題を解決するために、建物に設置した多数のセンサで収集したビッグデータを用いて、建物・地盤の揺れ性能を相対的に格付けするシステムを独自開発しました。築年数が経過していてもこの建物は実は安全、という判断ができれば、その建物の価値を建て替えずとも維持できるはず。そうすれば、スクラップ&ビルドに対する批判的な社会的要請にも応えることができるかもしれない。さらに都市全体でこのシステムを導入すれば、より多くのデータを収集・解析することでき、より高い精度で都市全体の安全性、都市リスクを見える化できるという好循環を生み出せるはず。

国立研究開発法人建築研究所の委託事業「革新的社会資本整備研究開発推進事業(BRAIN)」の一環として、茅野市内の小堀鐸二研究所とPIラボとタッグを組み、研究開発を進めています。今後は森ビルの管理する建物だけでなく、茅野市内の小中学校などにもセンサを設置する予定です。自分で基盤を組み立てたり、外装モデルをモデリングしてスワニーさんの3Dプリンターをお借りして出力したり、「Cyber66」で秋葉原に走っていた頃を懐かしく思い出しながら、取り組んでいます。

経済発展と社会課題解決の両輪駆動でSociety 5.0へ

きっかけは些細なことでしたが、茅野市ではたくさんのプロジェクトをお手伝いしてきました。森ビルはこれまでも、東京の再開発などのノウハウを活用し、地方都市の街づくりとさらなる発展に貢献してきた。これはもはや森ビルの社会的責任だと僕は思います。

都心の大規模再開発を基点に、多様な人や職種が交じり合うコワーキングオフィスや、「HillsVia」のような交通システム、「e-Daps」のような防災システムを開発する。それらを地方都市にも展開可能な形に変換し、地方都市の課題解決に貢献する。

内閣府が提唱する「Society 5.0」について、WEBページには次のように記されています。

これまでの情報社会(Society 4.0)では知識や情報が共有されず、分野横断的な連携が不十分であるという問題がありました。人が行う能力に限界があるため、あふれる情報から必要な情報を見つけて分析する作業が負担であったり、年齢や障害などによる労働や行動範囲に制約がありました。また、少子高齢化や地方の過疎化などの課題に対して様々な制約があり、十分に対応することが困難でした。

Society 5.0で実現する社会は、IoT(Internet of Things)で全ての人とモノがつながり、様々な知識や情報が共有され、今までにない新たな価値を生み出すことで、これらの課題や困難を克服します。また、人工知能(AI)により、必要な情報が必要な時に提供されるようになり、ロボットや自動走行車などの技術で、少子高齢化、地方の過疎化、貧富の格差などの課題が克服されます。社会の変革(イノベーション)を通じて、これまでの閉塞感を打破し、希望の持てる社会、世代を超えて互いに尊重し合あえる社会、一人一人が快適で活躍できる社会となります。

内閣府「Society 5.0で実現する社会」

地域や世代を超えて情報や課題が共有され、テクノロジーやイノベーションでそれらを解決する社会が次に来る。そんな時代に、僕たちにできることはなんなのか。イノベーターになるためには、どうすればよいのか。

「面白い!」と思うことに素直になり、自由に挑戦することは、その答えの1つだと僕は思います。言い換えれば、「突出する自由」を誰もが持てる文化をつくること。

面白いから真剣に取り組む。するとそのことがどこかの誰かのためになる。価値になる。役に立つ。既存の枠組みに捉われず、自信を持って突き抜ければいい。幸せに働き、幸せに暮らすということは、そうやって循環していくはずなんです。

僕はこれまで自分が「面白い!」と思うことに一生懸命に生きてきました。でも、それを続けられることよりも、それが誰かの幸せに繋がった時が1番幸せでした。人の縁を大切にしながら、これからも健康に働いていきたいです。

矢部 俊男|Toshio Yabe
コンサルタント会社等を経て、1998年森ビル株式会社入社。都市開発本部 計画企画部 メディア企画部 部長。六本木ヒルズの都市開発プレゼンツールの開発・企画、都市の未来の視覚化・東京ジオラマ等の制作などを担当。長野県茅野市の地方創生に従事しながら、東京と長野の二拠点生活を実践する。


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