これからのゴルフ場はどうなる?“自然のヒルズ”が描く未来
2020年時点で520万人にまで減少したゴルフ人口(「レジャー白書」調べ)。20年前と比べるとおよそ3分の1近くにまで減少し、ゴルフを嗜む層の高齢化も相まって、ゴルフ業界は苦戦を強いられている状況です。一方、コロナ禍を経たこの数年間で、有名人ゴルファーによるSNS発信や、世界的なアウトドアブームを機に、ゴルフ場へと向かう若者も増えつつあります。
今回お話を伺うのは、2つのゴルフ場とインドア施設を運営する森ビルゴルフリゾート株式会社の林祐樹さん。林さんは、森ビルグループが運営する「宍戸ヒルズカントリークラブ」と「静ヒルズカントリークラブ」でのプロゴルフトーナメント開催や、「ヒルズゴルフアカデミー」でのゴルフスクール運営、次世代を担うトッププロの育成、さらにはゴルフ場の自然豊かかつ整った環境を活かした「キャンピングオフィス」や「ワーケーション」などの事業開発を手掛けています。
林さんは、これからのゴルフ場経営の未来をどのように捉えているのでしょうか?日々の業務内容について伺いながら、新しいゴルフ関連施設の可能性を探ります。
熱い想いを込めた「私のメモ」が原点
従来は、社会人になったことをきっかけに、先輩に誘われてゴルフを始める人がほとんどだったゴルフ業界。しかし近年、40代以下の方々を中心に、仕事のためではなく、個人的な動機からゴルフを始める、「純粋なゴルフ好き」が増えつつあります。
私がゴルフを始めたのは、いわゆるゴルフ全盛期だった1990年代半ばで、高校生の頃でした。それまで色々なスポーツをやってきましたが、父から誘われてゴルフの面白さに目覚め、「ゴルフならトップを狙えるかも」と思い、1人でもよくゴルフ場で合宿をしていました。たくさんのスタッフの方に声をかけて頂き、今思えばインターンシップのような社会勉強が自然とできたと思います。そうしたゴルフ場でのさまざまな人との関わりから、技術だけでなく人間性を磨くことができたという実感があり、次第にゴルフというスポーツや文化の発展に貢献して、その魅力をみんなに知ってもらいたいという気持ちが生まれていました。
大学卒業後は、ゴルフとは関係なく森ビルへの入社を決めたのですが、入社2年目となるタイミングで、当時の上司から「森ビルがゴルフ場事業を始める」という話を聞いたんです。こんなチャンスはそうそうありません。自分が社内で一番ゴルフをわかっているという自負もあり、「この事業は自分しかできない」と、想いが熱く膨らみました。そこで、新入社員が研修の振り返りや感想を書いて会社に提出する「私のメモ」というレポートに、テーマそっちのけで「宍戸ではトーナメントなど、競技ゴルファーが来れるようにすべき」「静では初心者が練習でき、挑戦できるようにしたほうがよい」など、ゴルフ場の可能性を伸ばすための考えをA4サイズ12ページ分書いて提出したのです。その熱量がこもったいわば「企画書」を当時の森稔社長が読み、後押ししてくださったことで、2年目の4月に異動が決定しました。
体験も、上達も、プロ育成も。ゴルフを通して人を育てていきたい
ゴルフ事業部に移った私は、さっそく「宍戸ヒルズ」と「静ヒルズ」の2つのゴルフ場の環境づくりやプログラムづくりに取り掛かりました。目指したのはまさに「私のメモ」に書いたこと。
「宍戸ヒルズ」では、日本の男子ゴルフ最大のトーナメント「日本ゴルフツアー選手権」のほか、女子ゴルフやアマチュア、ジュニアの試合や競技の開催場所として誘致しました。その結果、競技ゴルファーの方々が試合前の練習ラウンドに使用するなど、自分のスコアにこだわって上達したいゴルファーに通っていただけるようになりました。
もう一方の「静ヒルズ」では、「ゴルフ合宿の聖地」を目指した環境づくりをしています。上達のための練習内容を考えた上でハード面からデザインしました。その結果、ジュニアの試合や大学対抗のリーグ戦などの試合も行われ、2021年には「日本女子プロゴルフ選手権大会コニカミノルタ杯」というメジャートーナメントを開催できるまでコースが成長。「上達したいなら静ヒルズへ」と言われるほどの日本屈指の練習環境を配したゴルフ場になりました。
また、2008年には「ゴルフの楽しさ」や「ゴルフはもっと手軽に始められる」ことを伝えたく、「静ヒルズ」で体験ゴルフをスタート。マナーや道具の用意など、ゴルフ特有の敷居の高さを取り除きながら、ゴルフ場の気持ちよさやゴルフそのものの楽しさを感じてもらえるプログラムを考えました。そこで活用したのが、「静ヒルズ」にあるミニコースです。本番コースの1/3のスケールなので、サクッと回ることができ、初めての方でもボールを飛ばし、カップインもしやすい。この取り組みはマスメディアでも取り上げられ、数多くのお客様に来ていただくことができました。
そこからさらにゴルフの楽しさを伝えていくため、2010年に室内ゴルフスタジオ「ヒルズゴルフアカデミー」を設立。都心で練習して静にきて、実際にコースをまわるというプログラムへと進化させました。「ヒルズゴルフアカデミー」設立時には、アメリカで開催される展示会も視察。アジア地域で初めてドイツ製の「PuttView」というパッティングトレーニングシステムを導入しました。また、タイからは人工芝を輸入し、ゴルフ場のコース管理部にも手伝ってもらい、最先端技術を駆使したパター練習グリーンを制作。多くのトッププロゴルファーがパッティングのために訪れる施設となりました。
私自身は2009年にPGA(日本プロゴルフ協会)ティーチングプロライセンスを取得しました。資格取得を決意したきっかけは、海外視察で2006年にフロリダに行き、PGA of Americaのスタッフとのミーティングやラーニングセンターの見学を経て、PGAライセンスの価値の高さを感じたこと。 ゴルフを仕事にしていくうえで、「ゴルフのプロ」として自分を表現するため、2年間かけて資格を取得しました。
もちろん、次世代を担うジュニア育成にも力を注いでいます。ジュニア大会を開催して、優勝者をアジア規模の大会に連れていったこともあります。その中からプロゴルファーに成長し、日本ゴルフツアー選手権で優勝する選手も誕生しました。
2012年には、中嶋常幸さんという日本男子プロゴルフ界のレジェンドと一緒に、世界で戦えるゴルファーを育てるプログラムをスタートしました。中嶋プロのポイントは「本物を見せること」。米国で開催される世界最高峰のマスターズトーナメントに毎年選手を視察に連れて行きました。ゴルフを学ぶことを通して、自分の道を切り開いていく力を持てば、どんな世界でも大成していくはず。そんな考えから、私自身も選手たちと向き合ってきました。その結果、日本や世界で活躍するプロゴルファーを数多く輩出できたと思いますし、卒業生からも「人生のあらゆる場面でゴルフが役立っている」と聞きます。このように、子どもたちに真摯に向き合い、成長していく過程に立ち会えることが、ビジネス抜きに私自身の強いモチベーションになっています。
森ビルは、都市づくりを通じて人を育むことを大切にする会社です。だからこそ、今後は子どもたちがプロゴルファーになった時のために、夢が叶えられるステージもつくってあげたい。子どもたちのその後まで考え、ゴルフ界全体がしっかりと活性化するように引っ張っていきたいですね。
ゴルフ場という「場」の新たな可能性
日本では、「ゴルフ場はゴルフをする場所」という感覚がありますが、実は海外のゴルフクラブは人が集まる「社交場」。「ちょっと夜ごはんだけ」とやってくる人もいるような場所です。7時にオープンして17時にはクローズしてしまう日本のゴルフ場はもったいない、と感じていました。実際、ツアー選手権を誘致する宍戸ヒルズは安定的に利益をあげられるものの、「静ヒルズ」は利益を生み続けるのが難しい状況でした。
そんな時コロナ禍になり、新たな2つのアイデアが浮かびました。
1つが「リモートワークプラン」。コロナ禍でリモートワークが始まった私は、ゴルフ場で早朝5時から練習し、9時からは仕事をして、18時からまたゴルフをするという生活をしてみました。すると、リフレッシュできて仕事もはかどると気づいたんです。「この新しいライフスタイルを提案したい」と、高セキュリティのWi‐Fiやビジネスデスクを完備させて、ゴルフ場の宿泊施設に滞在しながら働けるプランを2021年からスタートさせました。その結果、年間数百人が利用する主要商品となりました。
もう1つは「キャンプ場」。発想の元は、小学生の頃の体験でした。ある日私は友達の別荘へ行き、帰りがけに夕方のゴルフ場を歩いたんです。高い木々に、遠くまで広がる青い芝。その場の空気感や夕日の美しさが印象的で。そんなおぼろげな記憶をもとに、ゴルフ場をゴルフ以外のアクティビティで楽しむ方法を考えました。
ゴルフ場は自然豊かでありながら、実際の山や川より安全なため、子育て中のファミリー層にもフィットする環境です。そこでスノーピークさんと提携し、家族でゴルフ場にきてキャンプをできるプランをスタート。ゴルフ場のコースのど真ん中にキャンプ場をつくり、テント内にはベッドを設置し、快適に過ごせるようにしました。最初は限定的に営業しましたが、何度かイベントを行ったところリピートしてくださる方も多く、2021年の9月から一般営業もスタートしました。
私は完全なゴルファーではなく、完全な森ビル社員でもない。だからこそハブのような存在として、新たな人とゴルフ場の接点を生み出し、同時に利益を上げながら、都市とゴルフ場をつなげることができる。
これからも、広大な自然でリフレッシュしたい人、初めてゴルフに挑戦してみたい人、もっと上達したい人。さまざまな人の営みに寄り添いながら、ゴルフ場という「場」の可能性を広げていきたいですね。