都市緑化と向き合い半世紀、今もなお探し続ける自然体験の価値
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都市緑化と向き合い半世紀、今もなお探し続ける自然体験の価値

東京中で進む様々な都市開発。「都市緑化」は、いまや街づくりと不可分な要素として位置づけられ、新たに誕生したどの街でも、木々が風に揺られている。

森ビル設計部の技術顧問であり、新卒で入社した会社から数えて、半世紀以上にわたって都市の緑に関わってきた山口博喜さん。木々と向き合い、自然と向き合い、緑を見守り続ける半生を過ごしてもなお「都市緑化に対する答えは出ない」と言います。

緑の存在や、自然体験は、人に何をもたらすのか。その問いと向き合い続けてきた山口さんの、今の想いを聞きました。

長崎の原風景とランドスケープとの出会い

ランドスケープの世界に入ったのは、社会人になってからです。子供のころは絵を描くのが好きで、中学・高校では美術部で油絵をやっていて、それで身を立てていこうと思っていた。でも、模倣を離れていざ自分の表現となると、周りには遥かに才能ある人がいて、自分では敵わないな、と挫折を経験しました。

そんな経験もあり、大学では進路変更をして、建築学科で意匠を学びました。しかし、建築独特の立体的に形を組み上げるイメージが、どうしても自分の感覚に馴染まなかった。絵のような平面の表現世界が自分にはしっくりきていたので、スケッチを描いているほうが楽しかった気がします。

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じゃあ他に自分にあるのはなんだ?何ができそうか?と考えた時に頭に浮かんだのが、故郷・長崎の自然でした。家の前には自然堤防が残る、川幅30メートル程の川が流れていて、澄んだ水底の玉砂利の上を魚が素早く泳いでいました。裏山には雑木林や金鉱山跡のトンネルもあって、遊び場はその川と山でした。魚を探し、虫を獲り、蜂に追われ、木に登る。そんな自然と戯れた原体験が、今の自分の感性や美意識をつくり出しているのではないかと。「野外」や「自然」というテーマは、外遊びと写生に夢中だった自分に向いているのかもしれないという考えに行きつきました。

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あるとき大学で、人が暮らす環境や景観を考える「ランドスケープ」という講義の中で、アメリカで教育を受けた講師の話を聞きました。ランドスケープという洒落た響きと、景観を形づくる造形と技術に興味を覚え、また「野外」や「自然」というテーマにも結び付く学問であると考え、その講師が主催する設計事務所に入社しました。これが、私とランドスケープとの出会いです。

森ビルと出会い、東京を代表とする通りの街路樹を計画する

1970年にその設計事務所に新卒で入社したときの業務内容は、造園設計でした。役所や日本住宅公団の公園、集合住宅の外構設計が主たる業務です。当時は高度成長期にあって、つくれつくれの大号令で、とにかく忙しく、がむしゃらに作業するだけでした。知識も技術も思考レベルも未熟な新人ができることは、ただただ時間と体力を使うこと。土日も休みなく働き、あまり楽しいこともなかったし、知識も見識も深められたとはいえなかった。

そんな中でも幸運なことに、勤めていた設計事務所が森ビルと取引をしていて、当時新人だった僕が、担当窓口を務めることになりました。今、森ビルで役員を務めるメンバー(とはいえ、既に職を辞した方が多くなっています)も当時は若手社員でしたから、互いに喧嘩をしながらも、深い付き合いとなりました。故・森稔会長(当時は専務でしたが)とも親しく接する機会があり、何かと気にかけていただきました。ラフォーレ原宿の竣工式の夜には、屋上庭園のベンチで森佳子夫人とともに3人で祝杯を挙げたことを思い出します。

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その後、30代前半で自分の会社を立ち上げました。地方都市の公共団体を取引相手に、公園・広場や道路といったオープンスペースの設計、民間では集合住宅のランドスケープ等に携わりました。森ビルとの仕事は、前職を辞めてから20年程度のブランクがありましたが、稔会長とは新規竣工物件の招待状や年賀状を通してやり取りが続いていました。

「たまには遊びに来いよ」なんて言われて久しく、本当に遊びに行ったのが2000年。当時の森ビルは、2003年に竣工を控えた六本木ヒルズの工事に着手した頃でした。久しぶりに稔会長にお会いして近況や仕事の話なんかをしていたら「ちょうどよいタイミングだから、森ビルに入って手伝えよ」と誘われました。

思ってもみない展開でしたが、半ば強引に工事現場に連れていかれて(笑)。結果、技術顧問としてランドスケープや設計全般、植栽計画などにも、幅広く関わることになりました。絵のコミュニケーション力を頼りに稔会長や森ビルが実現したいイメージを咀嚼し、絵に起こし、設計者に伝達指示する。そんな役割を果たしました。

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森ビル社内でも知っている人はあまりいないと思いますが、六本木ヒルズの「けやき坂通り」って、元々は違う計画だったんです。確か、ここの街路樹は当初「けやき」ではなくて、「唐楓(とうかえで)」や「いちょう」が候補樹だった。稔会長に「この通りを日本一美しい街路にしたいが、どうだろう?」と聞かれ、「東京を代表とする通りに育てていくのであれば、そこに堂々と立つのは、僕はけやきだと思います」と答えました。けやきは日本中どこでもありますが、中でも関東は、土壌も気候も合うのでよく育つんです。巨木に成長するし、樹形も美しい。それで二人で環状3号線の交差部にある大きなけやきの木を見に行き、「もみじ坂」あるいは「いちょう坂」ではなく、「けやき坂」をつくることが決まりました。

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街によって異なる緑の「性格」

森ビルは、都市の緑の重要性に早く気づき、街づくりの基盤として真剣に向き合っていたと思います。

1986年竣工のアークヒルズ。アークヒルズは当時、民間の再開発事業としては最大級の複合開発で、森ビルが街の緑化に取組んだ嚆矢でした。実はこのアークヒルズの基本構想が、社会人になった僕が森ビルに関わる最初の仕事でした。環境アセスメントの評価を横目に、建築物と広場と緑をどう関係づけるか、現場に足を運びながら考えました。ここまでじっくりと人、都市、緑化と向き合っていたことは、当時はとても新鮮でした。これこそがランドスケープなんだ、と手を動かすのが楽しくて時間を忘れて没頭したことを思い出します。残念ながら計画の中途で退職してしまいましたが(苦笑)...。

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アークヒルズの樹々は、元々は「エバーグリーン」と言われる、四季を通じて変わらぬ葉をつける常緑樹中心の樹林でした。しかし、竣工後10年、「もっと人を楽しませる緑にしたい」との考えから、落葉樹や花木など季節感豊かな樹木が加えられ、住民自身の手でガーデニングができるアークガーデンも設えました。こうした庭も冬になれば樹々の葉は落ち、見方によっては寂しいとも言えるけれど、そういうところに人は「日本の四季」を感じますよね。そんな緑の方が都市には必要で、かつ日本人の感性には合うではないかと思いました。アークガーデンは、楽しみながらコミュニティが醸成され、アイデンティティの形成にも貢献する緑として、森ビルの街づくり上の羅針盤となりました。

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六本木ヒルズの計画にも、そういった「季節感豊かな緑」「人々が楽しむ緑」が反映されています。一方で、六本木ヒルズの緑はアークヒルズとは違います。まず「文化都心」というテーマがあり、森ビルが提案する都市の文化性を体現、訴求する必要があった。緑も、よりグローバルに「人々やコミュニティを近づける緑」としての役割が求められた、と言うんでしょうか。

結果的には、毛利庭園と屋上庭園がその主要な訴求場所となりました。例えば、本格的な日本庭園である「毛利庭園」は、江戸時代の代表的な回遊式庭園となっていて、時代の感性や精神文化を感じることができます。同時に、ところどころに腰を下ろせるベンチもあります。四季折々の緑を感じながら、誰かと語らうことができる。

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それから、映画館のある「けやき坂コンプレックス」の屋上庭園は、樹木だけでなく水田や畑を設け、毎年地域の子どもたちが田植えや稲刈り、餅つきなどに興じている。日本の農耕文化を通じたコミュニケーションの場として親しまれています。

人が活動し、繋がるための場をつくり、人と人、人と街を接近させる為の緑をつくる。そのとき、緑を媒体に人々が交歓している風景が街の魅力となる、そんな「文化都心」に合った緑を意識しました。

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さらに、アークヒルズ 仙石山森タワーは、六本木ヒルズともまた異なったアプローチと言えるかもしれません。2007年だったと思いますが、稔会長に呼ばれて、「『都市と生物多様性』について研究して、森ビルの緑化に反映できそうであれば取組んでみよう」と言われました。今でこそ、気候変動と生物多様性の危機は世界の重大な関心ごとですが、先んじてこの問題に取組んだわけです。

「人といきものが共存する街」という目新しいテーマは、僕らが森ビルの緑の将来像を描くうえで大きなヒントとなりました。中心になる考え方は(公財)日本生態系協会から学び、仙石山森タワーでは、「人」でなく「生き物」のハビタット(=生息地)となる緑を目指しました。元々この地域は、「こげら」というキツツキの仲間を頂点とする生態系を形づくっていた場所と考えられます。そんな野生生物たちが戻ってくるような森、里山をつくろう、と。

「生物多様性をテーマにやりたい」という我々の意向は当初、必ずしも地権者の賛同を得られたわけではありませんでした。何度も粘り強く足を運んで説明し、何とか協力を取り付けて計画を練りあげました。在来種・潜在自然植生をベースとした緑地をつくったり、ハビタットとなる枯れ木や枯れ葉、樹洞をあえて置いたり。通常の都市緑化とは異なる風景をつくっていきました。

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これまで森ビルは、制度など様々な葛藤の中で、一つ一つの街と向き合いながら緑をつくってきました。なぜなら、それぞれの街ごとに緑の「性格」が違うから。それは、同時代が希求する緑、あるいは自然を最適解で提供しようとした試行の足跡でもあります。今後もその姿勢は変わらないでしょう。

樹木のお医者さん「樹木医」として、 植物の視点から都市緑化を考える

実は、還暦を超えたあたりで、「樹木医」という資格を取得しました。文字通り「樹木のお医者さん」です。一般に樹木医は、造園業者や林業者の方、あるいはそれらに関係する行政職員や研究者がとる資格で、ディベロッパーの立場にある自分がとるのは珍しい。樹木医仲間からは「変わった経歴ですね」と異端児扱いされています(苦笑)。

きっかけは、人を自然の外側に捉えて計画を実施してきたのではないか?という、自分のこれまでの仕事の取り組み方に対する反省からでした。都市環境のストレスを受けながらも、自らは移動できない植物。一方で、確かにいきものである植物。その生理、構造、能力そして樹木と土壌、病害のメカニズムなどを、計画する立場の者はもっともっと広く深く理解する必要があるんじゃないか。また、材料の調達から維持管理までを一貫して見守る目が必要ではないか。そんな思いからの挑戦でした。

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樹木にとって、都市にはたくさんのストレス要因があるんです。まず風環境。超高層ビルの足元では、強風が常態化し樹体が不安定で乾燥しがち。また建築物の密度も高く日照条件が悪い。さらに地下構造物や人工地盤によって、植栽基盤厚や土壌に制限がある。自然の雨水だけでは生育に必要な水分確保ができない。夜間もライティングされ眠れない、等々。

ではこうした環境への個別的な対応の中で、樹木を健全に育成し、衰退や罹病を抑止するには何が重要な条件なのか。また自立的な緑の循環系を支えるためにはどんなケアができるのか。最近ではその方策の一つとして、植栽基盤を充実させるということを、改めて考えるようになりました。土の力を信じて更に知見を得て、試行を重ねたいと考えています。

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これからも問い続けていく、都市の緑の役割

これまでを振り返ると、たくさんの街づくりに携わり、多くの時間を樹木や都市、自然などに向き合いながら過ごしてきました。ですが、「都市緑化の役割ってなんだろう」という問いの答えを、いまだに考え続けています。

プライベートで僕は釣り(フライフィッシング)を楽しむために、東北や北海道、さらにアラスカまで足を延ばすこともあります。凍り付くような急流に抗いながら下半身を杭にして魚の反応を待っている。この緊張感自体、まさに生きているという感じがする。釣りを通じて、まるで自然が自分の内側にいるような体性感覚を再確認しています。最も本質的な自然の価値とは、身体性を知覚し、味わえることじゃないだろうか、ではその体験の場を、どうやったら都市の緑が実現できるだろうか。

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自分自身の中に自然の存在を認識できる原風景を持っている人生とそうでない人生には、大きく差があるような気がするんですよね。僕の中に、長崎の自然があったように、そんな原体験が出来る場所を備えるのも、都市緑化の役目の一つではないかと思うんです。

生活そのものが実体験から離れ、バーチャル化していく時代にあって、隔てられている自分の身体性との距離を埋められるのは、自然のリアリティであると思います。都市の緑に対して、森ビルはずっと時代と共に歩み、その時々に必要だと信じるものをつくってきました。今まで語ってきた課題にも、きっと何かが出来るはず。だけどそこにゴールは無い。多様性が尊重され、時代は動いている。だからこそ私たちは止まれないし、考え続けていくしかないですよね。

僕も、70歳を越えた今でも、問い続けています。「緑化は、人に何が出来るのか」「緑化は手段か目的か」あるいは「都市と自然の共生は可能か」。都市に生きる私たちにとってそれは、やはり答えのない問いなのかもしれない。

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山口 博喜|Hiroki Yamaguchi
設計部 技術顧問。1980年 タウンスケープ研究所設立。公園緑地や広場、街路等外部空間の設計を手掛けながら、森ビルにおいては六本木ヒルズ、虎ノ門ヒルズ他多くのプロジェクトに、ランドスケープ、外構等の分野で従事。趣味は釣り。特にお気に入りは北海道。西別川のアメマスやオホーツク海に立込んでの鮭釣り。「ここの緑は手つかずの原生林。そしてヒグマの生息域。孤独に和みながら緊張感を味わうことができます(笑)」
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