SNSで加速する、都市と人とアートの関係
国内の美術館で随一のSNSフォロワー数を誇る森美術館。そのSNS運用を手掛けるのが、洞田貫晋一朗さんです。書籍『シェアする美術』の著者であり、美術館のSNS運用の立役者でもある洞田貫さんは、現在もその手法を進化させながら、森美術館の話題をSNSユーザーに提供し続けています。
そんな洞田貫さんから見た、「森ビルだからできるアートの広げ方」とは? 美術のシェアのされ方の変化や、SNS発信におけるTips、そしてリアルとデジタルの掛け合わせによって生まれる「都市×人×文化」の新たな可能性が語られました。
「体験映え」の時代へ。人を動かすアート発信
2017年、「インスタ映え」という言葉が世を席巻し、流行語大賞を受賞したのを覚えているでしょうか? あれから5年。ユーザーの「映える」という感覚が、いま大きく変化しています。
これまでの展覧会の投稿は、見た目のインパクトに引き寄せられ「アートを撮って、投稿して終わり」という表面的なアプローチが大多数でした。しかし、近年は「展覧会で体験し、理解したことをレポートする」といった、深みのある投稿に変わってきている。まさに「体験映え」の時代です。
その背景としては、多くのユーザーがSNSの使い方に慣れてきて、単に「見たこと」を発信するだけでは物足りなく なり、「感じたこと」「内面」といったより深い部分を発信したい、という価値観に変わってきたことが大きいと思っています。
もっとも、SNSがない時代は、テレビ、新聞、雑誌、ポスター、チラシ、口コミを通じて美術館に興味をもち、展覧会を観にきていました。ですが今は、SNS上に展覧会の情報や内容、来館者の感想があふれています。アートに全く興味がなかった人も、そうした投稿に偶発的に出会い、共感し、「アートって面白い」「展覧会に行ってみよう」と いった気持ちになる可能性があります。そのようにして、今後アートに興味と関心を持ってくれる人の数が、SNSによって桁違いに増えてくるのではないかと思っています。
森美術館が支持され続ける理由
そもそも、美術館とSNSは非常に相性が良いものです。美術館自体、作品を鑑賞してもらい、文化・芸術を広めるためのひとつの発信の場ですが、SNSはそれをさらに多角的に拡張し、より多くの方の体験に繋げられます。
たとえば、2018年に開催された「レアンドロ・エルリッヒ展:見ることのリアル」や、2019年に開催された「塩田千春展:魂がふるえる」は、まさにSNSのシェアによって話題になり、多くの方が来館された展覧会です。さらにその後の展覧会も継続して人気を得ることができているのも、森美術館の展覧会の内容がベースにあって、そこにSNSをはじめとした情報拡散との掛けあわせが効果を発揮しているのだろうと思っています。
森ビルそのものがアートに本気
森美術館は森ビルの一部署でありますが、アートを発信する場として独立性も大切にされています。それでいて、柔軟に他部署と協力し合う姿勢もあり、部門を越えて全社一丸となって展覧会を成功させようと努力しています。たとえ森美術館のSNSが強くても、このような森ビルの風土がなければ、ここまで人々を惹きつけられる“磁力“は発揮できなかったでしょう。
情報は段階を踏んで発信。ユーザー目線でレイヤーを重ねていく
森美術館の場合、テーマを立てて一定期間作品を展示する企画展がほとんどですから、美術館の雰囲気も3〜4ヶ月ごとにガラリと変わります。限られた期間内に展覧会の魅力を拡散し、来場に繋げるためには、なるべく早く情報を伝え、展覧会の開催を知ってもらい、興味関心を引き出すことが重要です。
しかし、展覧会のウェブサイトと違い、TwitterのタイムラインやInstagramのストーリーズなどでは、展覧会の深い見所はなかなか伝わりにくいもの。詳細を深くは語れないからこそ、展覧会の雰囲気を伝えるというところに全力を注いでいます。
展覧会を認知してもらうには?展覧会に興味を持ってもらうには?
展覧会をSNS発信する時は、緩急をつけることが大切です。たとえばユーザーがSNSで情報収集する際は、タイムラインのザッピングをします。そこでパッと見て伝えたいことが伝わるか、ユーザー目線に立ち、情報の組み込み方を考えて運用しています。
認知されたら、その次の段階である「興味を持つ」という段階に引き上げるため、会場内で定期的にライブ配信を行うといった施策を行います。そこで興味を持っていただければ、あとはご自身で検索をして、ウェブサイトや基本情報にたどり着くことができます。そこでようやく、リアルに来場していただける段階に移行します。
「アナザーエナジー展」で生まれた相互コミュニケーション
2021年に開催された「アナザーエナジー展」では、TikTok LIVEでの配信に挑戦しました。
そこで配信用のメインのアカウントだけでなく、モデレーターがチャット形式でコメントに対して答えるサブアカウントも用意。こうすることで、アーティストの話と並行して解説や質問が繰り広げられ、一方通行ではない、リアルで柔らかいコミュニケーションを取ることができました。
このほかにも、来場者の「よかった」「友達を誘っていきたい」といった口コミの投稿や、アーティスト本人の発信も非常に強力な効果があります。このように、いろんな角度からの発信がミルフィーユのように折り重なっていくことで 、展覧会の“磁力”はさらに増していきます。
この状態はある意味、「都市を創り、都市を育む」という理念のもとで、森ビルが目指す都市づくりにも繋がっているように感じています。つくりっぱなしで終わりではなく、つくった後にどんどん盛り上げて、育んでいく。森ビルの都市づくりに対する姿勢や考え方は、デジタルにおける広がり方や繋がり方にも活かされていると思います。
DXでアートの浸透を加速させる
展覧会のプロモーション以外でも、森美術館は「MAM デジタル」というデジタルメディアを通してアートコンテンツを展開するプログラム にも力を入れています。
たとえば、「アナザーエナジー」展を開催した時は、出展作家のアンナ・ベラ・ガイゲルがベルギーのゲント現代美術館で個展を開催していたため、日本の森美術館とベルギーのゲント現代美術館をオンラインで繋いで、意見交換しながらキュレーターによる個展のツアーをやってもらうという企画「MAM Meets Museums」を開催しました。
そのツアーは、森美術館の公式SNS(TikTok、YouTube、Twitter、Facebook)で同時にライブ配信しました。これも、おそらく日本の美術館でははじめてのことでしょう 。
このように、コロナ禍の制限はむしろ、国際的な現代美術館として、世界中の美術館と繋がる 扉を開いてくれました。日本にいながら海外の美術館やその展覧会に触れることができ、森美術館も世界にアート情報を発信することができる。スマホの通信環境さえ整っていれば、さまざまなコストを抑えながら配信でき、さらに国を超えて美術館同士、双方のファン同士が繋がる機会を創出できることに気がついたのです。
これからの「アート&ライフ」のあり方
2000年代にインターネットが普及し、iPhoneが誕生してから、人びとの価値観や多様性は急速に拡大していきました。デジタルトランスフォーメーション(DX)の流れが来たのもごく最近のことです。今の状態もきっとほんの数年で変化し、人びとの考え方も変わっていくでしょう 。そんな変化の時代においては、森美術館がテーマとして掲げる「アート&ライフ」のあり方にも多様性が求められるはずです。
本物のアート作品を観ることができる美術館という場が六本木にあり、みんながそこに集まっていく。さらにそんなアートの拠点からオンラインで情報が発信され、デジタルの場にもみんなが引き寄せられる。そのような“磁力”は、リアルとデジタルの組み合わせ方次第でますます高められていくでしょう。ゆくゆくは、誰にとっても踏み込みやすいものとして生活の中にアートが浸透し、東京という都市の魅力もさらに高まっていくと信じています。