「都市の魅力」を捉え、未来へ繋ぐ。都市戦略研究者の視点
都市を創るうえで、世界のさまざまな都市を知り、分析することは欠かせません。今回お話を聞く大和則夫さんは、森ビルでさまざまな再開発プロジェクトや運営に携わってきた人物。さらにロンドンへの社会人留学を機に「都市のアイデンティティ」というテーマに向き合うようになったといいます。そんな大和さんは現在、時代に即した都市づくり・まちづくりに関する調査研究や公益的な事業活動を行う「森記念財団」で、都市戦略研究に携わっています。豊富な経験と知識を持つ大和さんの情熱の原点を探りながら、東京の街にある魅力とこれからの課題を語っていただきました。
「地上170cmの目線」で物語を描く。ロンドン留学で得た都市の捉え方
みなさんは普段、「都市」をどのように捉えているでしょうか。
住む場所や働く場所を探す人からすれば、「アクセスはよいか」「近隣の環境はどうか」「経済的・文化的な活動がしやすいか」といった客観的な視点は欠かせないでしょう。都市開発や建築に携わる人にとっては、長期的な都市のあり方を探るため、さらに定量的かつ鳥瞰的な視点も大切になってきます。そして私自身が大切にしているのは、自ら現地へ赴き、自分の目で見て、自分の頭で考えたうえで、自分なりの魅力や課題を発見し、ソリューションを提案するというフィールドワーク的な視点です。
フィールドワークは都市計画を学んでいた大学生の頃に経験し、不動産業界に絞り就職活動をしていった際もその経験が活きました。不動産会社の商品である街へ実際に足を運び、どのような魅力と課題があるか、どのような空気が流れているのかを肌で感じることにしたのです。そこで最も惹きつけられた企業が、アークヒルズを手がけた森ビルでした。アークヒルズは都心ながら緑豊かで、子どもからお年寄りまで年齢も国籍もさまざまな人が集まり、鳥までもが広場に集う。今までに見たことがない光景に心を奪われ、「森ビルに入社したい」と強く思いました。一方で、その魅力は敷地の中に入らないと伝わらない、「閉じた空間」というようにも感じて。面接では、アークヒルズが好きだということを伝えるだけでなく、「歩道空間と一緒に、面的な広がりをもって都市を開発することで、『開いた空間』を連続させていくことも必要だ」と学生ながらも一歩踏み込んだ意見を伝えることができました。
森ビルに入社して最初の7年間は、さまざまな再開発プロジェクトに携わりました。
表参道ヒルズの再開発に携わっていた頃は、日本最初期のアパートとして有名な同潤会青山アパートに住みながら、管理組合の仕事もしていました。けやき並木の新芽や落葉が四季のうつろいを感じさせてくれる日常の中、権利者の方々と交流した日々は今でも忘れません。
どのプロジェクトにも全力投球で取り組んでいた一方で、「よりグローバルな視点から街づくりを考えたい」という学部時代からの思いを実現するため、海外の大学院への留学を目標にコツコツと準備を進めていました。そして、当時携わっていた六本木五丁目プロジェクトの再開発準備組合立ち上げに向けた一つの大きな山を越えたタイミングで、ついに留学が決定。ロンドン・スクール・オブ・エコノミクス(LSE)で1年間都市デザインを学ぶことになりました。
ロンドン留学は、都市を分析する視点を深めるうえで非常に重要な体験となりました。例えば、世界の主要都市について様々なデータを分析し、数値化するということは、分析対象を客観的に分析する上で必要不可欠なアプローチです。しかし、私がロンドンで生活を送るということは、分析者自身が分析対象の中に入っていくことになります。これまで客観的に捉えてきた都市の姿を、自分が暮らす街として主観的に、感性的に捉えていくことで、都市の構成要素や機能という視点にとらわれない、「自己意識の中の都市」の姿が見えてきました。
開発担当から都市研究者へ。街づくりの哲学を探究する日々
2014年からは森記念財団の研究員に転向し、都市研究に携わっています。主な業務は、世界および日本の主要都市の定量分析を通じて都市の競争力や魅力を分析すること。さらに都市間のフライトの可視化や、モバイルデータを利用した人々の動きの3D化など、さまざまな観点・スケールでの分析を行っています。これらの研究は、毎年発表している「世界の都市総合力ランキング(GPCI)」をはじめ、国内外から当財団に寄せられるさまざまな依頼に基づいた研究プロジェクトに反映されています。
研究者になり、印象的な気づきもありました。それは2014年に当財団が主催した、都市とライフスタイルの未来を議論する国際会議「イノベーティブ・シティ・フォーラム(ICF)」に参加したときのことです。ICFでは各国から都市開発に携わる研究者や事業者、デザイナー、アーティストが集まるのですが、ロンドン、ニューヨーク、パリ、それぞれの都市の専門家が「都市の余白」の重要性を説いていたのです。それぞれ「空間的なゆとり」「予測不可能な要素」「ヴォイド(空白)」と表現は異なっていたのですが、立場も国籍も違う人々が同じタイミングで同じ点に着目していたことに驚きました。
都市のプランナーはあらゆることを計画しようとしますが、人は計画通りに動かないのが現実です。しかし、そのおかげで都市が魅力的になるというパラドックスが確かに存在します。データからは決して見えない都市の魅力。留学で感じた「主観的に都市を捉えることの重要性」ともつながった感覚がありました。
再開発プロジェクトを通じた街づくりの実務経験と、現在行っている都市研究、その両方の経験があることはとても貴重なことだと感じています。なぜなら「街づくり」という正解のないものに対して、実社会をわかった上で哲学や信念、そしてオリジナリティのあるストーリーを紡ぐことができるからです。森記念財団での研究は、データ分析と哲学的な思考の両方を育むことができる貴重な場。物理的に与える影響は小さいかもしれませんが、街づくりの哲学や信念といった社会的な側面で、国内外に大きな影響をもたらせると信じています。
「都市のアイデンティティ」を育み、未来に繋げる
これまで数多くの都市に赴き、研究を続けてきました 。歩いていると映画の主役のような気分になれたフィレンツェ、きらきらした水面の美しさに感動したヴェネツィア、さまざまな宗教のレイヤーが重なり合うイスタンブール…挙げればきりがないほど、それぞれの都市にその都市ならではの魅力があります。そうした中での東京の魅力は、スケールの大きさと、エリアごとに歴史が培ってきた多様なアイデンティティを持っていることだと感じています。例えば東京のなかでも浅草と下北沢とでは雰囲気が全く違いますよね。また、距離的に近い丸の内と銀座でさえも、日本のオフィス街の先駆けと、商業と文化の発信地という色の違いがあります。このようなエリアによって異なる魅力は、外国人から見ても東京という都市の面白さ と映っているようです。
その一方で、「都市の均質化」は無視できない問題です。たとえば東京という都市を日本のなかで差別化し、より魅力的にしたいと考えたとき、ロンドンやニューヨークなどで流行しているものを取り入れると、東京の内部空間は多様化し、一見すると差別化できているようにも感じられます。しかしこれが一般化すると、グローバルな視点で見たときに都市が均質化してしまうというパラドックスが生じると考えています。「どの街へ行っても既視感がある」という現象は、現在世界のいたる所で起きていることだと思います。こうした中で東京の魅力を発展させるために必要なのは、そこにしかない都市の個性を見抜き、街づくりに生かしていくことではないでしょうか。
都市が持つ固有の魅力は、1日や2日でできるわけではなく、連綿と続く時代の流れの中で徐々に培われていくものです。
私たちも、このような長期的な時間軸の中で都市の変遷を辿っていく必要があるという課題意識から、近年はVR技術を活用して都市の歴史を追体験できる「東京タイムマシンプロジェクト」 も進めています。都市空間を四次元で表現する可能性を探求することで、都市のアイデンティティにより深く触れる機会を提供できればと考えています。
過去と未来を繋ぐ感覚を持ちながら「都市のアイデンティティ」を探求し、新たな価値を見出していく。研究者という立場にいるからこそ、客観性と主観性の両方を大切にし 、街が持つ固有の価値に向き合い続けたいと思っています。そして東京という都市が、世界の人々を惹きつける磁力をさらに高めていくことに貢献していきたいですね。