「まわり道」がつくる、街と仕事の緩やかな繋がり
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「まわり道」がつくる、街と仕事の緩やかな繋がり

Googleには、かつて「20%ルール」と呼ばれる制度があった。勤務時間の20%を自分自身のやりたいプロジェクトに費やさなければならないというルールだ。

破壊的なイノベーションを起こすためには、このような、事業にとっては「まわり道」のように思われることでも、推奨される文化が必要なのではないだろうか。

申梨奈さんのキャリアを伺ってみると、数々の「まわり道」を歩んできたように思える。そんな彼女の描く、しなやかで余白のある、新しいワークスタイルとは。

ピアノと経営と街づくり

生まれてから20年以上、私はずっとピアノとともに暮らしてきました。両親によれば、私はピアノの椅子に座れる歳になる前から、母が弾いた和音の響きを当てるトレーニングをしていたそうです。1日に数時間ピアノを弾くのは当たり前。そんな暮らしを中学生くらいまで続けていました。

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でも高校生になると「ピアノしかできないのはつまらないかも」と思うようになりました。勉強もスポーツも、色んなことが出来たほうが面白い。自分で時間を区切って様々なことに挑戦しました。ピアノを始めるきっかけをくれた母から「ピアノはあくまでもツールだから、人として成長するために色んなことに挑戦してみたら」と言われたことも大きかったです。

そうは言ってもピアノは大好きだったので、大学4年間は一心不乱にピアノを弾き続け、卒業後は何か新しいことを学ぼうと考えて、なんとなく選んだのが経営学。経営者であった父の影響もありつつ、いざ社会に出たときに汎用性が高そうという理由で大学院に進学しました。ここでは経営者の視点で、ビジネスの幅広い要素を学ぶことができましたが、進路としては会社を経営するのではなく、就職をすることに決めました。

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この就職活動の過程で、ディベロッパーという仕事を初めて知り、興味を持ちました。多くの人を巻き込んで街をつくる仕事には、経営の知識も活かせそう。中でも森ビルという会社は、サントリーホールがある街、アークヒルズを創り、育んでいるらしい。この会社に入ったら、音楽や文化的な知識を活かして街づくりの仕事ができるかもしれないと思ったのが森ビル入社の決め手です。

アンカースターという出島で働く

でも実は、入社してしばらくは、文化やアートとは少し距離を置いていたんです。森ビルが得意とする現代アートと、私のバックグラウンドであるクラシック音楽では、同じ文化の領域でも大きく性質の異なる世界だったので、最初はなかなか素直に受け入れられませんでした。全く異なる世界に飛び込んだ反動か、数年間は、ピアノも数か月に1回くらいしか弾かなくなりました。

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そんな状況を一転させたのが、アンカースターという会社への出向です。アンカースターは当時、海外のスタートアップ企業に対して、日本市場に進出し成長するためのマーケットエントリーやグロース戦略をサポートしたり、WeWork等に先駆けて拠点となるコワーキングスペースを提供していました。また、企業進出だけでなく、日本にはまだない海外のカルチャーや考え方を日本で応用し、森ビルと一緒に虎ノ門エリアや新虎通りをどう盛り上げていくかということについて考えていました。

はじめはとても驚きました。アートが溢れるコワーキングスペースには、無機質なデスクではなくカラフルなソファが並び、窓際のハイチェアからは目の前の南桜公園の四季を望むことができます。飲み物やお菓子も自由に取ることができ、なんとバーバー(床屋)までありました。社内外含め、この場所で働くメンバーにはいつでも話しかけることができ、皆いつでもフレンドリーに雑談や仕事の相談に乗ってくれて、コミュニティがどんどん拡大していくのを日々感じました。また、毎年恒例のハロウィンの仮装1つとっても、衣装をレンタルし、プロのカメラマンに依頼して写真を撮るほどに本気だったり、業務には直接関係のなさそうな政治や国際情勢などのトピックを真剣に議論したり、アンカースターのメンバーは本当にアツいんです。

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最初は戸惑いましたが、そんな環境で過ごすうちに、居心地の良さに加えて、仕事への良い影響を感じるようになりました。そういう余白の時間があるからこそ、思わぬところで本業に良い影響を及ぼしたり、社員同士の関係性が育まれるのだということを、肌で感じました。

新虎通りにつくられた「余白」としてのスケートボードパーク

そんなアンカースターで私が最も深く関わった案件の一つが、街の中にスケートボードパークを作るというプロジェクト。オフィス街と思われがちな新橋と虎ノ門の間にある新虎通りに、毛色の異なるストリートカルチャーを混ぜてみたら面白いのではないかという発想が始まりでした。東京オリンピックに向けて、当時はスケートボード自体が盛り上がっていたことも後押しになりました。

プロジェクトには、スケーターをはじめ、アーティスト、建築家、起業家、そして土地を所有するとともにエリアマネジメントをしている森ビルとプロジェクト推進をするアンカースターのメンバーなど、様々な立場の多様のな人が参画していました。私はこれらの参画者を繋ぎ、意見を集約してプロジェクトを推進させる役割を担うことに。多様な視点が相互に良い影響を及ぼし、どんどん面白いものが出来上がっていく、そんな過程を担当として最も近くで目撃することが出来ました。

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私が、もしかしたら「関係なさそう」と思っているものや、人と意見がぶつかり合うことで、とんでもない面白いアイデアや新しい価値が生み出せるのではないか、と気づき始めたのはこの頃です。

何かを極める道は、複数ある。それは時に私にとって全く理解のできない道もありますが、現代アーティストも、スケーターも、それらを繋ぐ私も、みんなそれぞれの道で一流を突き詰めればいいんです。一流の人がぶつかりながら一つのものを作り上げるために働くことで、まだ知らない世界を知り、全く新しい価値を生み出せる可能性がある。アンカースターという出島で、そんな貴重な体験をすることができました。

またこうした体験を通じて、入社してから少し遠ざかっていた音楽や文化、アートにも、仕事という視点から見ると「まわり道」のように思えるけれど、一方で「新しい価値が生み出せそう」なものとして、再び関心を持つようになっていました。

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スケートボードパークから学んだ、これからのオフィスの価値

現在スケートボードパークは、隣接するビルに入居頂いているインターネットスポーツメディアであるスポブルさんにお貸ししています。代表の黒飛さんは「同じ賃料でよりハイスペックなビルに入居できるとしてもここから離れたくない」というほどここを高く評価してくださっています。

その理由をよくよく聞いてみると、黒飛さんは昔スケートボードをやっており、このパークをきっかけに再開。現在はほとんど毎日社員とのコミュニケーションの場として、スケートボードパークが活用されているそうです。新虎通りの「余白」としてつくったスケートボードパークが、オフィスの一部になって人の関係性を深め、事業を上手く進める役に立っている。これからの時代はオフィスにおいても「関係なさそう」な場所や人が混在することで、新しい働き方、働く場所の価値を生み出せるのではないか。そう思い至りました。

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「複合用途のワークプレイス」を超えて

現在は森ビルに戻り、オフィス事業部企画推進部で街全体をワークプレイスと捉える新たな構想を練っています。

昨今、大規模オフィスビルには当然のように商業施設が附帯し、映画館や文化施設なども一体となった「複合用途のワークプレイス」がもはや主流になってきています。その中で、ヒルズのオフィスで働くことの価値はどんなところにあるのか。他社との差別化を図るだけでなく、もっと本質的な「人が集まって働くという営みの意味」について真剣に考えています。

これからの時代に新しい価値を創出したり、大きな変革を起こすための「働き方」には、今までのようにオフィスで行う「作業」や「会議」だけではなく、一見「まわり道」に思える雑談、日々見ている映画やドラマ、ふと訪れた美術館、たまたま知り合った人との会話、仕事の合間のリフレッシュ時間など、生活のより多くの部分が関わってくるようになると思います。なぜならば、そうした余白部分によって、思考がブラッシュアップされたり、思いも寄らないアイデアが降ってきたりするからです。これらを促進するためには、今までの「オフィス」の概念すら変える必要があります。ここから「街全体をワークプレイスと捉える」構想が始まりました。

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思えば私はピアノに始まり経営を学び、街づくりの会社に入ったと思えばスタートアップに出向したりと、ある意味で「まわり道」とも言えるキャリアを積み重ねてきました。中でも、アンカースターで過ごした時間や関わったプロジェクト、出会った様々な方々との会話は、今手掛けている仕事に着実に繋がっています。そんな私だからこそ、多様な人を受入れ、価値を最大限に発揮できるようなワークプレイスのことを、誰よりも柔軟に考えることができるかもしれない。

私は、この道で一流を目指していけばいいんだ。人生でたどったたくさんの「まわり道」が、そんな自信を与えてくれています。

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申 梨奈|Rina Shin
演奏活動に明け暮れた学生時代を経て、2014年森ビル入社。経理部、プロパティマネジメント事業部を経て、アンカースター株式会社に出向。スケートボードパーク建設プロジェクトやWork place Muralプロジェクト、アンカースターのオフィス拡張などを行った。森ビルに帰任した現在はオフィス事業部企画推進部にて、街全体をワークプレイスと捉えた新たな商品企画を担当。最近のブームはワインと料理のマリアージュを探すこと。
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