見出し画像

もうひとつの顔はキュレーター。森ビル社員の夢の掴み方

森ビルの都市づくりにおける「文化・芸術」創造の取り組みは、美術館の運営やキュレーションだけではなく、多岐に渡ります。そんな中、自身の文化やアートへの興味・関心を仕事につなげるため、積極的な取り組みを行う森ビル若手社員が板橋令子さんです。
 
現在新領域事業部で働く彼女は、「森ビルで文化事業やアートに携わる仕事がしたい」という夢を叶えるために、どのようなことを実践していったのでしょうか? その情熱の原点と、活動で大切にしていることを語っていただきました。

板橋 令子|Reiko Itabashi
2014年入社。総務部、タウンマネジメント事業部、秘書室を経て、現在は虎ノ門ヒルズエリアにおいて、新たな文化施設やビジネス発信拠点の立上げに携わる。また、個人の活動として「ネクスト・キュレーターズ・コンペティション 2021」受賞。2022年、自らキュレーションした
展覧会「Mother nature」をN&Aアートサイトのオープニングとして開催。

夢を掴むために大切にした、2つのポイント

私がアートに興味を持ち始めたのは、高校の部活を引退した頃のことでした。チーム一丸となり部活に打ち込んでいた時代から一転、個としての自分の存在意義を模索しはじめるようになり、映画や音楽、そしてアートへの熱がさらに高まりました。その時に森美術館や六本木アートカレッジなどにも足を運ぶようになったんです。アートに触れることは、他者や社会を理解しようと試みることであり、自分の新たな一面を知るということでもあります。私自身も、理解や肯定する力が身につき、知ることや考えることの喜びを知った原体験になりました。
 
就職活動をする中で私が特に興味を持ったのは、文学部で学んだアートマネジメントやアートプロデュースの領域でした。経済学部で学んできたデザインシンキングを活かしながら、文化・芸術が持続的に生まれ、発信されるような環境をつくっていきたい。文化事業に本気で取り組む森ビルなら、その両方からアプローチできると思ったんです。

学生時代、海外留学や国際ボランティアでの活動を通して多様な価値観や文化に触れ、
たとえ私自身が未熟だとしても、それを発信することは社会的にも重要だと感じて。
監督として、インドを舞台にしたドキュメンタリー映画も制作しました。

アートと出会う場づくりに欠かせない“オープンマインド”な姿勢

森ビルは都市づくりにおいて、「安全・安心」「環境・緑」「文化・芸術」という3つのテーマを掲げているのですが、実際に入社してみると、言葉だけでなく、想像を超えてこれらのテーマと真剣に向き合い、多様な施策を実行しているのを目の当たりにしました。これは嬉しい驚きでしたね。一方で、社内外の誰もが「文化・芸術」を重視している訳ではないということも実感して。私が実現したい「アートと人が出会う場づくり」のためには、アートに興味がある人もそうでない人も、さまざまな考えを持つ人を理解し、コミュニケーション方法を検討しなければいけない。そのためにも、独りよがりなアプローチではなく、その魅力や意義を周囲に伝えられるオープンマインドな姿勢が必要だと思ったんです。私自身、その気づきを大切に、社内外問わずできるだけ多くの人と対話することを心がけるようになりました。

どんな角度からでもいい。やりたいことに一歩踏み込んでみる

とはいえ、最初からアートの仕事に携われていた訳ではありません。入社して2年間は、会社全体を見渡せる総務部でさまざまな仕事を経験させていただきました。早速希望の部署に配属されたという同期と自分を比べて焦る気持ちもありましたが、縁の下の力持ちのようなバックオフィスの仕事にもやりがいを見つけ、目の前の業務に取り組みました。環境を理由に夢を諦めるのは格好悪いと思ったので「部署に関わらず、街への関わり方は無限大。一歩踏み込んで自分ができることをやってみよう」と。そこでまずはプライベートの時間を使いながら、行きたかった部署が企画している月1回の朝活トークイベント「Hills Breakfast」の運営を手伝いに行きました。そこで先輩社員たちと話しながら、「こんなアーティストさんに登壇してもらうのはどうか」と推薦するなど、自分なりの方法で関わらせていただいたんです。そんな活動を続けていた2016年の春、希望先だったタウンマネジメント事業部の六本木ヒルズ運営グループへの異動が決まりました。偶然かもしれませんが、その時はすごく嬉しかったですね。

仕事も個人の活動も。観察を通して場を創造する

街のニーズとアートを融合した、六本木ヒルズのクリスマスツリー

六本木ヒルズ運営グループでは、本当にたくさんのことに挑戦させていただきました。2018年に企画したクリスマスツリーは、特に心に残っているプロジェクトです。街や人を観察して課題を見つけアイデアを生み出す過程では、学生時代に研究していた“デザインシンキング”のアプローチが自然と活きていたかもしれません。

六本木ヒルズのクリスマスは、みなさんが毎年楽しみにしているイベントです。けやき坂にはおよそ400mにわたるイルミネーション、66プラザにはオーセンティックなクリスマスツリーなど、さまざまな場所でクリスマスの飾り付けがされます。私が担当することになったウエストウォークのエリアでは、普通のツリーではなく、六本木ヒルズのコンセプトである「アーテリジェントシティ(アートとインテリジェンスの融合)」を体現するものにしようと試みました。
 
六本木ヒルズには年間4,000万人もの来街者の方がいらっしゃいます。一年を通して訪れる方々を観察していると、ホリデーシーズンは特に多くのお客様で溢れ、お買い物や映画鑑賞を終えてひと休みしたいと思っても、休憩場所やベンチが足りない。そんなニーズと課題を解決するため、既存のルールにとらわれず人が交わる場のデザインをする、建築家の大野友資さんにお声がけしました。大野さんの自由なアイデアをもとに、「ストリートファニチャーやパブリックアートのように、たくさんの人が触ったり座ったりできる公共性の高いクリスマスツリー作品」を形にしていきました。

そのクリスマスツリーは、巨大な毛糸で編まれたような、今までにない形のものだったので、設置が終わるまでは「受け入れてもらえるのだろうか」と不安もありました。ですが蓋を開けてみたら大盛況で、子どもから大人まで幅広い世代の方が座って寛いでくださり、とても思い出深い企画となりました。

六本木ヒルズクリスマスツリー<MY DEAR CHUNKY>は、 展示が終わった後もごみとして
廃棄するのではなく、希望者にクッションとして持ち帰っていただきました。
「循環」へのこだわりや環境配慮の姿勢は、当時の大野さんからも影響を受けています。

小さな気づきが、社会へのメッセージに。個人でスタートしたキュレーターとしての取り組み

私が思う現代アートの面白さは、作品を鑑賞することで他者の考えや社会を知り、自分と向き合い、より深く思考できるところ。そこで得られる喜びや楽しさが、心の豊かさにつながるのではないかと思うんですよね。そうして長年にわたり展覧会やギャラリー、イベントに通ううちに、魅力的な作品をつくるアーティストたちとの繋がりも育っていき、個人でもそういった場づくりをしたいと考えるようになりました。

さまざまな展覧会に足を運ぶなかで、現代アートチームの目[mé]には、
圧倒的なスケールと緻密さでコンセプトを体現する姿勢に心を動かされました。
その感動を多くの方とシェアしたくて、メンバーである南川さんと荒神さんをお呼びして
個人の活動としてトークイベントを開催したこともあります。

昨年は、現代美術の発展を担う若手キュレーターの発掘と育成を目的とした「ネクスト・キュレーターズ・コンペティション 2021」にも挑戦。展覧会はある意味「キュレーターから社会へのメッセージ」でもあると考えています。初めてのことで不安も大きかったですが、学生時代からキュレーターとして展覧会の開催を夢見ていたこともあり、真剣に取り組みました。
 
 応募に向けて自分の心と向き合ったとき、真っ先に想起されたのは、2020年にコロナ禍で最初の緊急事態宣言が出た期間のこと。1ヶ月間1日も出社することがなく、家にいて一歩も外に出ない。家族以外とは誰にも会わない生活。そんな中でやっとできた外出が、近所の公園での散歩でした。ずっと閉鎖的な場所にいた分、感受性が高まっていたのかもしれません。久しぶりに夜風に吹かれたり、散歩している犬に舐められたりした時に、なぜだか泣きそうになってしまって。人は自然と共に生きているし、生かされていると再確認する出来事でした。世界的な感染症の拡がりには、地球温暖化による生物多様性の崩れや環境破壊が大きく関連しているという考えも強まっています。そういった自分の体験や社会の動きがきっかけとなり、「自然の尊さや共生する大切さを考えたい」という企画の軸が定まっていきました。

分断を生むのではなく思いやりをもって共生する方向へ、みんなが自分ごととして、世界をやさしく捉え直してほしい。そんな想いを展示に落とし込むため、私は自然を題材に制作する若手アーティストをキュレーションしようと考えました。そこで思い浮かべてみると、女性が多い印象があって。そこから「自然と女性の間にある特別なつながり」に興味を抱き、「Mother nature(母なる自然)」というタイトルで展覧会を組み立てていきました。この展示では、女性/男性、自然/文化といった二項対立の概念を主張したいのではなく、すべては世界の構成要素であり影響を与え合うアクター(行為者)として互いに対等な存在であるとする“マテリアル・エコクリティシズム”の考えに共感しています。展示を通してその感覚をシェアできたら嬉しいと思いながら、最終的に7名の作家に参加していただきました。

Mother nature -アートに観る、女性や自然と文化の相互作用-」展会場風景。©kawachiaya

作品は「自然」の先にある「循環」や「多様性」といったテーマに通じるものを選定。さらに展示環境にもこだわり、会場に落ち葉を敷き詰めました。来場者に踏まれた落ち葉は細かくなり、やがて粉々になって微生物に分解され、土に還ります。本来の自然界で起きている「循環」をギャラリー内で体感してもらうことで、各作品をより能動的に鑑賞してもらえるのではないかと思ったんです。また、会場の落ち葉は日本各地から集めてきたもの。まさに多様性に満ちた種(しゅ)の集合体です。そこに人間の多様性を重ね、各アーティストの多様な“ナラティブ”に想像力をはたらかせてもらえたらと思いました。
 
さらに落ち葉は、来場者の体験価値を高める要素にもなりました。一歩足を踏み入れると、カサカサと足裏に触感があり、懐かしい落ち葉の香りに包まれます。子ども時代に落ち葉を踏んで歩いた体験を思い出すと、遊び心が蘇って、「これからアートを観る」という緊張感がほぐれる。そうやって感受性がひらき、背伸びせず素直に作品と向き合える効果もあったと思います。オンラインのコンテンツでは得られない、ここに来ないと体験できないものになっていたら嬉しいです。

展覧会にお越しくださった人の数だけ、足元の落ち葉が粉々になっていきます。
自然界でもこのように細かくなり分解され、土に還っていくんですよね ©kawachiaya

会期中は、人が踏むと自然に舞い上がる粉塵が舞わないよう、メンテナンスもこまめにしました。その手間に対して、参加アーティストの方が「普段は粉塵を気にすることなんてない。それはつまり、いかに自然を制御した環境で日常を過ごしているかということ。自然と共生できていない生活を自覚できて良かった」という感想をくださって。そういう小さな気づきを、この展示に訪れた方、関わった方、一人ひとりに持ち帰ってもらえていたら嬉しいですね。

領域を超えた出会いから、アイデアが生まれる。誰もが心豊かに暮らせる街へ。

私は今、新領域事業部で、2023年に誕生する「(仮称)虎ノ門ヒルズ ステーションタワー」内の新しい文化施設の企画を担当しています。そこは、アートの展覧会だけではなく、ビジネスカンファレンス、音楽ライブ、ディナーショーなど、なんでもできる場所。ジャンルや領域を超えて新しいものが出会い、発信され、そのインスピレーションをもって自分自身がアップデートされ新たなアイデアが生まれる。そんなポジティブな循環をリアルな場で生み出していこうとしています。

2つの成し遂げたいこと

私が今後取り組みたい課題は、大きく2つあります。それはアートをめぐる「よりよいエコシステムの検討」と「すそ野を広げる場づくり」。
 
少しずつ変わってきたと思いますが、文化事業の世界はお金がかかるのにお金を生まない傾向がいまだに根強いと言えます。ミュージアム中心か、オークションやギャラリーなどアートマーケットを拠点にしているかで、アーティスト間に乖離や格差もあります。しっかりとマネタイズにも向き合い、アートをめぐる経済的な「循環」も促すことで、純粋な創作のためのエコシステムが整い、アーティストの活動もよりサステナブルになるはず。そのための新しいスキームを考えていきたいです。

森ビルの社員として都市づくりに携わりながら、個人でも「アートと人が出会う場づくり」に挑戦したい。たとえスケールが小さくても、そこで得た知見やノウハウは「個」の力として蓄えられ、必ず森ビルの街づくりに還元できると信じています。

今はまだ、アートと聞くと身構えてしまいがちな方が少なくないと思います。そう感じる方々にも肩肘張らずにアートの世界に踏み入ってもらえるよう、自由で柔軟な発想で環境をつくり、アートと出会うきっかけを増やすことが大切だと思います。いろんな人が、さまざまな機会や方法で文化・芸術に触れられて、それによって心豊かに過ごせる時間や場所を増やしていく。そんな活動を、会社でも個人でも続けていきたいですね。

板橋さんの「未来を創る必須アイテム」

「映画とお酒」
映画は、人を知るための参考書。多様なルーツの人(宇宙人も!笑)の人生が詰まった物語であり、社会の写し鏡。制作過程で膨大な数のクリエイターがパワーを集結させて完成される総合芸術だという点でも、心打たれることが多いです。祖父も父も大の映画好き。私も映画から多くのことを学びました。感想を語り合うだけでも、その人の価値観を垣間見ることができます。乾杯しながら心がほぐれ、対話が促され、互いに理解が深まる時間が私の幸せです。


この記事が参加している募集

企業のnote

with note pro

みんなにも読んでほしいですか?

オススメした記事はフォロワーのタイムラインに表示されます!